次の日、俺はまた同じカフェに立ち寄った。理由は暇だからというのが立前で、本音はもう一度ナマエに会えるかもしれないと思ったから。取り敢えず昨日の多過ぎた小銭を返したいと思う。彼女は妙なところで大人びている様だ。
カランカランと扉の鐘が鳴ると、昨日と同じ男の店員がいらっしゃいませと落ち着いた声で出迎える。店内を見回し、前回自分が座っていた場所が空いているのを確認してそこに向かうと、見たことのある小さな後ろ姿を捉えた。

(……ナマエ…)

ナマエは俺の席の斜め前に、俺に背を向けて座っていた。彼女の目の前には知らない男。連れかと思ったが、彼の表情からして恐らく初対面だ。きっと昨日のようになんとなくという理由で、また電波な話を持ち掛けているのだろう。男の顔が、そう物語っている。
暫く様子を見てやろうと、昨日の席に座り耳を傾ける。ただ席に座っているだけではかなり怪しいので、これまた昨日と同じコーヒーを頼み、ノートパソコンを開いた。ナマエはまだ俺に気付かない。

「……だから、昨日の夜、宇宙から信号が届いたの!きっと一昨日の夢は予知夢だったんだわ」

「はあ、」

「………」

「地球は近いうちに狙われるんですって。ところであなたは地球がなくなる前日には何をしたい?」

「え、何、かな……」

「もしかして無いの!?駄目よ、地球はいつなくなるかわからないんだから、常に好きなことをして過ごすべ」
「ナマエ、」

耐え切れなくなったというか、男が可哀相だったというか。シャル?と言う彼女の前で、男は助かったと言わんばかりの顔で胸を撫で下ろしていた。確かに彼女の話は一般人にはキツイかもしれない。彼にごめんね、と一言断りを入れてナマエを自分の席に座らせる。机には既にコーヒーが置かれていた。

「…そういえば、俺シャルって呼んでって言ったっけ?」

「え?聞いてないわよ」

「じゃあ何で」

「あなたの電波を受信したの」

笑顔でそう言うものだから、俺は苦笑いを零した。それもそうだね、電波系に理屈は通じないのだ。…何だか電波系って言ったら念の系統みたいだな。

「…あ、カフェオレ飲む?俺の奢り」

「ええ、飲むわ。でも代金は私が払う」

「それなら昨日のお釣り返すよ」

ポケットからその小銭を取り出し机の上に置く。ナマエはそれを見てムッとした。
昨日とは違い、今日の彼女は薄く化粧をしており、首元にぶら下がる小さなジュエリーアクセサリーが艶っぽい。前回とは違う雰囲気の彼女に少々たじろいだのは内緒である。

「あなたにあげたのよ」

「俺は別に金に困ってないし、借りを作るのはごめんだ」

「貸しじゃないわ、お礼よ」

私の話を聞いてくれたね。そう言ってウインクしてみせるナマエ。その言葉から察するに、恐らく彼女は今まで自分の話をまともに聞いてもらえなかったのだろう。それはさっきの男の反応からもわかる。実際、ナマエの話は他から見ればきちがい同然だ。そんな彼女に好き好んで絡みに行く俺も大概だが。
店員がカフェオレをナマエの前に置く。彼女はそれに目もくれず、机に置かれた小銭を俺の方へ押しやった。俺は渋々それを受け取り、ポケットに戻す。コーヒー一杯分くらい、大して気にすることでもないだろう。それを見て彼女は満足そうにカフェオレを啜った。

「それよりも、あなた変わってるって言われるでしょ」

「ん?んー、まあ君程じゃないけど」

「それもそうね」

ナマエはふわりと笑う。彼女はやっぱり電波だ。ふわふわしてて、掴み所がない。仲間の中にそんな団員はいないので、何だかとても新鮮だった。

「ところで、さっき何話してたの?」

そう問うと彼女は驚いた顔をして動きを止める。それは、時間が突然止まってしまったかと思えたほどに。
おーいとナマエの前で手をひらひらしてみるも、反応なし。本当に彼女だけ時間が止まってしまっているのかと少し心配になり思いっ切り額にでこぴんしてみる。するとナマエは「痛っ」と小さく呻いた。

「いた……痛い…!何、あなたでこぴん上手すぎって言われるでしょ!」

「そんなの言われたことないけど。それよりどうしたの、急に固まって」

ナマエは赤くなったおでこを摩りながら、そんなこと聞かれたことなかったからと答えた。因みに若干涙目だ。手加減したつもりだったけど、そんなに痛かったかなあ。

「…ほら、私の話ってどこか他の人と違うでしょう?だから、どんな話してたのって聞かれたことなくって、びっくりしたの」

でも嬉しかったわ。
ナマエはそう言って頬を染めて笑う。驚いたのは彼女に礼を言われたことに対してではなく、ナマエが自分が普通でないことを自覚していたことに驚愕した。
何故、と言いかけた刹那、ナマエはもう時間ねと席を立つ。時間は昨日と同じ3時半前。何か理由があるのか聞いたら、彼女は宇宙人と交信するのと言った。…ああやっぱり、ナマエはナマエだと、俺は再び苦笑いを零すのだった。

mae tug

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