ワンダフルデイズ | ナノ



春。始まりの春、出会いの春、別れの春。人それぞれに色んな春があるけれど、私の場合は新しい春だ。新しい土地、新しい家、新しい学校。…そう、今年春、高校二年生になる私はここ、狩人高校に編入してきた訳である。理由はべたな、親の仕事による都合…ではない。親公認の家出というところか。まあ暇なのでまずは私の家庭環境について話でもしよう。

まず私の家族は父一人母一人娘一人の、極々一般的な家庭であった。ただ夫婦間の仲は格別悪く、三歳児の私でさえあの雰囲気に不快感を覚えたぐらいだった。幼稚園の頃は、子供の純粋さを最大限に利用し何とか二人の仲たがいを無くそうと試みたが、小学校に進んだ頃どうしても無理だと悟り、もう彼等の間に干渉はしなくなった。別れるなら別れろ、そんな本心を胸に小学校時代を過ごした。因みに私は父の方についていく気満々であった。
しかし父は私が小学五年生のときに事故で他界。仕事場であった工事現場で粗相を仕出かしたらしい。殺人でもなんでもない、単なる事故。バカらしくて当時は涙さえ出なかった。

「ふん、ざまあないね。私より早く逝きやがって」

そう言う母の顔はいつもの濃い化粧も涙で流れ落ちてしまい、山婆みたいだと思った。なんだかんだ言って彼等夫婦は愛し合っていたようだ。初めて見る母の泣き顔に、ここで初めて視界が歪んだ。
それから母は父の生前より更に仕事に明け暮れるようになった。朝私が起きるより先に家を出、私が寝た後に帰ってくる日が普通になっていった。ただ私が今まで淋しくなかったのは、いつも母が夜帰ってきた時に必ず私の部屋に寄り、ただいまと言ってくれていたからなのかもしれない。
母は小さい私が思うほど捻くれ者で不器用な女だった。角言う私もその血を受け継いでいるのでどこか捻くれた人間なのかもしれない。…いや、実際そうだろう。とにかく、捻くれ者の娘である、同じく捻くれた私は母の元を去ることに決めた。母に負担を掛けまいとする娘の愛が、この面倒臭い性格によってこういう結論に至らせた訳である。この私の決死の覚悟を「そう」という一言で受け止めた母の表情は日常となんら変りなかった。
引っ越し前日、最終段階の準備に取り掛かって夜遅くまで起きていると母が帰ってきた。彼女は着替えもせずに私の部屋まで入り、掌に光る何かを差し出した。それは母が昔父から貰ったピアスの片割れであった。どれだけ離婚ギリギリの喧嘩をしていても取ることのなかった、ダイヤの少しお高い小さなピアス。母は飲んで来たのか若干赤い顔で無くしたら承知しないよと言った。私はいつものトーンでうん、と返事をして受け取る。これが母に会った最後の日。次の日の引っ越し当日の朝には、母はもう仕事に出掛けていた。
全く薄情な母親だ。荷物を運びながら、左耳のピアスがキラリと光った。

さて時間軸は現在に戻り、場所は学校の屋上。今頃生徒の皆は始業式で校長先生の長い話を聞いているのだろう。編入早々式をサボる私はどうかしている。それでも、面倒臭いものは仕方がない。
ふいにギイと、下から屋上の扉が開く音が聞こえた。先生かと思って少し焦ったが、私がいるところまで上っては来ないだろうと考えて目を閉じる。が、カツンカツンと梯子を上ってくる音が聞こえて上半身を起こした。…すると見えたのは、黒髪の学ランで、口元を隠すように黒いスカーフを巻いた、何とも目付きの悪い男子生徒だった。なんだと安心して再び寝転がる。すると同じサボり仲間であろう彼は、とんでもない爆弾発言を言ってのけた。

「ワタシ下着は白より黒のが好みね」






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