あれ、ここはどこだっけ。何で私こんなとこにいるんだっけ目の前の黒い人は誰?何でだろうわかんないわからない恐いよ恐い。無意識に目から流れる何か。あれ、これってなんて言うんだっけ。わかんないわかんない!私は勢いよく起き上がって自身を抱いた。黒い人は手元の本から目を逸らして私の方に向く。何でだろう、目付きが悪くて恐いはずなのに、どこか安心している自分がいた。彼は本を置いて私に近付く。落ち着くのも確かだけど、やっぱり恐かった。私は伸ばしてくる手を叩いて後退りする。彼は少し目を見開いた後、眉間にシワを寄せて酷く辛そうな顔をした。それが意外で、私は至極胸が苦しくなるのを感じる。息が上手く出来ない。苦しい。そう思ったら、私は彼に首を締められていた。彼の腕を掴んで抵抗するけど、ちっともびくともしない。ヒュ、と息らしい息が出来ず、思わず生理的な涙が流れる。するとそれを見た彼の手の力が少し、弱まった。刹那、酷い頭痛にみまわれる。キイインと耳鳴りがなって、直後脳裏に映像がフラッシュバックされた。……嗚呼、またか。また私は。

「……ふぇい、たん」

首にあった手が退かされた。私は思いっ切り咳込んで、色んな意味でまた涙が溢れ出ててしまう。ああ悔しい、悔しい。情けない。哀しい。

「ごめん、ね」

「…………別に、」

フェイタンは読んでいた本を手に取らず、黙って私の横に座った。その横顔が、無表情でもどこか悲しそうに見えて、また、泣きたくなった。これで何度目だろう。最近では首の青痣が取れることもなくなった。先程の辛そうな顔をする彼を思い出して息が詰まる。大切なことはすぐに忘れるのに、余計なことはいつまでも覚えているのだ。ああ、私はまた、また忘れてしまった。私を元に戻そうとしてくれたフェイタンの手を拒んでしまった!最低だ。最悪だ。私はついつい堪えていた涙が溢れてしまう。彼はそれに気付き、眉をひそめながら不器用ながらに私の涙を拭った。馬鹿か私は一番辛いのはフェイタンなのに何泣いてるんだ糞野郎、死ねよ。

「………私、死ぬのかなあ」

「何言てる、忘れるだけじゃ死なない」

「涙って単語を忘れたの。きっといつか呼吸の仕方も忘れてしまう」

「ならワタシが思い出させてやるまでね」

ああどうして彼はそこまで私に尽くしてくれるのだろう。仲間の中で一番付き合いが長いから?身体の関係を持ったことがあるから?それとも、ただの同情?
極論、どれでもよかった。私はフェイタンが好きだ。きっと他の人にどれだけ首を締められても、私は思い出すことは出来ないだろう。彼だから、思い出す。マゾとでもなんとでも思ってくれていて構わない。彼の近くにいられるのならどんなことだってする。それでも、やっぱり私は恐かった。恐くて恐くて堪らなかったのだ。

「……いつかね、フェイタンのことも、なんもかも忘れて、この世から消えてしまうのが一番恐いの」

昔は忘れることがこんなに恐ろしいことだとは思いもしなかった。全てを忘れて孤独の中に死んでいくなんて、想像しただけで震えが止まらない。また溢れそうになる涙を堪えるように瞼を下げると、唇に柔らかいものが触れた。驚いて目を開ければかなりの至近距離に、彼がいた。頬に熱が集まるのを感じてなんとも面映ゆい。フェイタンはその様子を見て満足そうに微笑み、私の頬をそっと撫でた。

「なら、お前が忘れる前にワタシと心中するか」

視界が歪んでうまく見えないけど、きっと彼は今までにない程の柔らかい表情をしているのだろう。全て覚えたままで、彼と一緒に死ねるなんて、これ以上の幸福はない。至上最高の提案だった。私はゆっくり、首を縦に振る。彼は優しく微笑み、食らい付くように人生最後の口づけを落とした。


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