愛しているから近付きたい。しかし近付くと憎しみが生まれる。人と人との関係は、密になればなるほどアンビバレンスを生んでいく。−−−

誰かが自分の方へと歩いて来る気配を感じ、本を読む手を止める。顔を上げるとシャルの姿があり、隣いい?と聞くのでああと返事をして再び本に視線を落とす。
その間二人の間に会話はなく、ただ自分の本をめくる音だけが響く。隣の彼は少しソワソワして、暫くして沈黙に耐え切れなくなったのか口を開いた。

「……なまえ、どこ行ったんだろう」

俺は本を閉じてシャルを見る。彼はこちらには向かず、少し拗ねたような顔をして口を尖らせていた。
なまえがいなくなってから二ヶ月程が経つ。初めこそは皆(一部を除く)戸惑っていたが、ほんの数日経てば殆ど気にすることはなかった。まあ確かに、いつかあの能力が役に立つかと思ってここに置いていたが、いなくなったらなったらでそこまで執着していた訳ではない。その後の蜘蛛は、恐ろしく何も変わらなかった。寧ろ普通過ぎて逆になまえがいたという事実でさえ怪しい程に。だから俺でさえ危うく彼のことを忘れかけていたくらいだった。それでも、シャルはなまえの名前を口にした。よくよく考えれば、彼がいなくなって一番複雑な顔をしていたのはシャルだったかもしれない。

「連れ戻したいのか」

「………そんなんじゃないけど」

そう言うとシャルは黙り込んでしまった。きっと彼は、初めての感情に動揺しているのだろう。俺自信もそんな感情をもったことはないが、わからないことはない。
それから少し待ってみたが、彼が口を開く気配を見せなかったので、他の本を取りに立ち上がるとシャルが声を発した。立ち止まり振り返ると、シャルは一度俺から視線を外して、もう一度こちらを見る。

「なまえはどんなことを考えて、ここにいたんだろう」

そう言うシャルの顔は、無表情の裏に寂しさが隠れていた気がした。
さあな、と返すとシャルはそう、と言って顔を背ける。その時にはもういつもの彼の表情に戻っていた。本来ならばそれでよかったのだろう。だが俺は口を開いた。シャルは驚いたように目を丸くした後、嬉しそうに笑う。俺もつられて笑った。
シャルはよし、と気合いを入れながら自室に戻る。俺はその様子を眺めながら、先程の本を適当に開いた。やはり理解は出来ても経験がない。だが、それでもいいのかもしれない、そう思った。

愛しているから近付きたい。しかし近付くと憎しみが生まれる。人と人との関係は、密になればなるほどアンビバレンスを生んでいく。−−−しかしこのような、一筋縄ではいかない難しさは、"他者との関わり"の一つの本質であるものではないだろうか。


そして僕らはそれまでの関係


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