朝は仲良く焼肉屋まで行ったのに、いざ席につくとテーブルの上は戦場と化す。
取らねば取られる。いくら自分が頑張って育てたそれも、己の口に運ばなければ意味がないのである。
「………っ!おい、なまえ!それ俺の肉!」
「早い者勝ちだよー。てかさ、僕育てるの苦手だから他の人が育てた肉食べるのは当然だろ?」
「…………!」
上等だコラ!
フィンクスが机の上に体を乗り上げて凄む。その隣でシャルナークが笑っている。全く短気だよなあ、肉を食べられたごときで……あ、ジャージの裾にタレ付いてる。
「まーまー、フィンクス落ち着きなよ。どうせ食い逃げだろ?また頼べばいいじゃん」
「うるせーよ、俺はコイツに肉取られたことに腹立ててんだ!」
ゴリラの如く猛るフィンクスを尻目に、中身がなくなったコップを掴んで席を立つ。あ、コラ、逃げんな!と怒鳴るのも無視。フィンクスは力強いから、捕まったら最後だもんなあ。
「メロンソーダは……」
「あれ、その声」
無事メロンソーダのボタンを見付け、押すと同時に聞こえた声。あれ、聞き覚えのあるようなないような。あるとしたらあまり思い出したくない気がする。
ゆっくり振り向くと、黒髪猫目の男性。うん、見覚えはない。これならきっと聞き覚えもない筈だ。
「……えーと、どなたでしょうか。生憎僕の知り合いに黒髪は三人しかいない筈なんだよね。あれ、三人であってるかな。まあ取り敢えず、僕に君の心当たりはない訳だ。君きっと人違いしてるんじゃないかな?あー大丈夫大丈夫、このことは誰にも言わないよ。だから安心してこの期の人生を過ごしてね。それじゃ!」
「電話でも思ったけど、お前かなりお喋りだよね。少し黙ったら?」
じゃないと殺すよ。
無表情でそんなことを言う彼に、確かに見覚えはない。しかし、この声と電話というキーワードには心当たりがあった。…ていうか、もう気付いてるけどさ、やっぱり恰好つけたい僕にとってあの思い出は黒歴史であって、今の今まで封印してあった筈なんだよね。あー、完全に思い出した。今すぐこの場から逃げ出したいなあ。
「…うーんと、殺し屋さん?」
「うん。でもイルミって名前があるからそっちで呼んでよ、匿名希望。あ、そういえばヒソカを一発殴っといたから。お金はこの口座に振り込んでおいてね」
そう言って差し出される一枚の紙。え、何これ新手の詐欺?…いや、確かに殴ってって言ったけど。なにそれ、確かめようないじゃん?これ振り込まなかったらどうなんのかな。
「振り込まなかったら殺すから」
「いや心読まないで。ていうかさ、これ殴ったって言ってもわかんないよね。もしかしたら殴ってないかもしれないじゃないか。これを昨日今日会った、僕達に至っては最初の出会いが間違い電話の相手に信じろって言われても信じれる訳無いだろ?だからもういいよ。僕も君が僕の代わりにヒソカを殴ってくれたことにしておくから、この件はこれでなしにしよう!うん、万事解決!」
「いや解決してないし。俺ただ働き嫌なんだけど」
取り敢えず来てよ。
そう言って有無を言わさず殺し屋さん、基イルミは僕の腕を掴んで歩き出した。え、これどこ行くの、まさか死亡フラグ?いや僕死んでも死なないけど。あー、フィンクス達に言わなくても大丈夫かなあ。まあいいか、旅団から逃げれたし。見付かってもこれは不可抗力だよね。
「…あ、そういえば僕の名前匿名希望じゃなくてなまえね」
「……ふうん」
殺し屋キューピット
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