クロロは昔流星街にいた頃、ジジイに命を助けてもらった事があったらしい。それも律儀に、最近になって恩返ししにやって来た。がその頃にはもうジジイは死んでいた。その時のクロロは泣くことも落胆することもなく、ただ単に無表情でそうか、と言っただけだった。これで恩返しの相手もいなくなったことだから、もうこんな所に用はないだろうと、当時の私は彼の存在をほぼ無視して車輪作りに没頭した。私はそれに集中していると周りの様子が至極見えなくなるらしい。いつの間にかクロロは私の真後ろまで移動していて、机に無造作に置かれていた本を眺めていた。その本はジジイの奥さん、つまり私のおばあちゃんのモノで、彼女は極度の古書好きだったらしい。らしい、というのは私が生まれた頃にはもうおばあちゃんはこの世にはいなかったからだ。34という、短い人生で幕を閉じたと聞いている。
彼女が世界中から集めた古書は、ハンター協会やらに申請すれば二ツ星、若しくは三ツ星にまでなれたかもしれない程の代物だった。それをしなかったのは彼女が古書好きだったが故。好きなものは自分の近くに置いて、他人に触られるのを極端に嫌った。おばあちゃんは独占欲が強い女性だったらしい。その証拠に、彼女の遺言書には自分のことは一切書いておらず、ただ本に触るのは毎日の手入れのみ、とだけ記されていた。因みにジジイは、自分には全く執着しなかったのにと、齢5歳にも満たない子供の私に向かって嘆いていたのは未だ印象に残っている。
そんな世界的価値も高い本を彼女の死後、ジジイは遺言の言葉も無視して適当にあしらった。売ればいいのに、と思ったこともあったが、あれが彼の愛情表現なのだと私は勝手に解釈してそんな愚かなことを聞くことはなかった。そして私が生まれた時から適当に詰まれていたそれらの本を、私は今に至るまで読みあさった。勿論、車輪製造の合間にだが。
そんな過程でクロロがそれらの本を見付けたのは今から約二ヶ月前。それからほぼ毎日のようにウチに通い詰めている。きっとあの時あんなところに本を置いておかなければ、今後一切彼と会うことはなかっただろう。過去に戻ることなんて出来ないけど、出来るならばあの時に戻って本をいつもの場所に戻したかった。


「恩返しの相手がいないのに、どうやって恩返しするんだ」

「ん?んー、ナマエのおじいさんが、生前にしたかったことをしてやろうと思うよ」

ふうん、と適当に相槌を打って車輪作りにのめり込む。彼はきっと、そんなことを言いながら本当は本が読みたいだけに来ているのだ。元々笑顔からして胡散臭い。後ろで気にならないの?と声がしたが別に、と答えておいた。そもそもあんな満足顔で旅立って逝ったクソジジイに、今更したかったことなんて何もない。磨き終わった車輪をそっと床において次のものに手を伸ばす。ちら、と見えた時計は既に2時を回っていた。どうりでお腹が空く筈だ。車輪を掴んだ手を離して立ち上がる。横目で見た彼は堂々と椅子に座り読書に没頭していた。それを見て思わず洩れた溜息は、きっと誰の耳に届くことなく空気に溶け込み消えて行くだろう。長時間の作業で痛む関節を伸ばす。するとふと、後ろでクスリと誰かが笑った気がした。
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テーマ「人外ファンタジー」
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