「そうだ、名前に念を教えようよ」

人差し指を立てながら言うシャルナークさんの突然の提案に、一同は一斉に彼を見た。


この世界に来た翌日。本が好きな私はクロロさんに本を貸してもらった。私が先日持っていた本は、走っている最中に落としてしまったらしく見当たらなかった。結構大切にしていた本だったので少しショックである。
また、彼も結構な古書マニアらしく、面白そうな本が彼の部屋にずらりと並んでいて、先程の喪失感は薄れて久し振りに心が躍った。
何百冊もある本の中からまずは簡単そうなものから選び、広場に戻ってそれを開く。文学に関して我ながら物覚えの早い私は数時間でハンター文字を覚え、一日も経てば完璧にこなしていた。

そして、半分ほど読み終わった頃に冒頭のシャルナークさんの台詞である。

(…………ねん?)

「……名前にはまだ早い……っていうか必要ないんじゃないの」

「やだなあ、マチ。大丈夫だよ。物覚えの早い名前ならすぐにマスター出来る」

「……だがなあ、」

「ノブナガまで………。別に護身の為に教えるんじゃない。ほら、念を覚えれば名前と話すのにいちいち紙とペンが必要なくなるじゃないか」

「………確かに」

少し考えてクロロさんは私の方を向く。

「名前はどうしたい」

対する私は頭の上にクエッションマークを浮かべるばかり。わからないので取り敢えず質問をする。

"『ねん』ってなんですか"

そう書いて見せると、彼等はああそうかと納得した。

「そういえば名前は念を知らないのか」

「まずはそこからだね」

いいかい、念というのはね。
そう言ってシャルナークさんは『ねん』の説明を始めた。
どうやら念とは、身体から溢れるオーラを操ることで一般人よりも格段に強くなるものらしい。また人それぞれに能力の傾向やら違う。
そして先程彼が言っていた、筆談に紙とペンが必要なくなるというのは、その念の力で空中に文字を書けることを言っているらしい。
念を習得するのはかなり大変な様だが、確かに筆談するのにいちいち紙とペンを用意しなくて済むのはとてもありがたい。

…が、一般人にも難しいそれを、一般人以下の私に出来るのだろうか。…いや、出来る訳がない。
それでは今まで優しくしてきてくれた彼等も流石に呆れてしまうだろう。−−−喋れないうえに念も出来ないのか、と。きっと世話だけ妬かせて結局出来ないのがオチだ。彼等に迷惑をかけてしまうだけ。それだけは駄目だ。絶対にしてはならない。私は、迷惑のかからないように過ごしていればいい。それ以上のことは望んではいけない。それで十分だ。恩を仇で返すような真似は絶対に出来ない。
…そう言い聞かせて、私は首を横に振った。
シャルナークさんは残念そうに、そう…と肩を落としてしまったので申し訳なくなった。
ありがとうと、気持ちだけでも嬉しかったと伝えようと思いペンに手を伸ばそうとしたら、クロロさんが黒い瞳をこちらに向け私の名前を呼んだので私は動きを一時止めてそちらを見た。彼の瞳は何だか私の考えを見透かしている様で少したじろいだが、動揺を隠すようにこちらも出来る限り力強い視線で彼を見据えた。

「………名前。本当にいいんだな?お前の本当の気持ちを言え。俺達に気を遣うな」

「………」

その言葉にドキッとした。が、やはり首を横に振ると、彼はそうか、と言って私から手元の本へと再び目線を落とした。
隣ではシャルナークさんが、知りたくなったらいつでも言いなよと言ってくれたので、笑顔で軽く頷いておいた。



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