空は気が滅入るような晴天で、私は無意識に顔を下げて歩いていた。誰ともコミュニケーションをとらないよう、小城の周りに海よりも深い堀をつくるように、己と他の間に見えない境界線を引いて。お陰で周りを歩く人は誰ひとりとして、彼女が突然消え失せた事に気が付かなかった。



頬に水が伝った、と認識する頃には、かなりの雨が降り始めた。
今日の天気予報は雨だったけ、と疑問に思ったが、傘もないので取り敢えず脇に抱えている本を服の中に忍ばせ雨水から守る。本が濡れなければ自分はどうでもいいと思ったのでそのまま歩きはじめると、ふと、周りの背景に違和感を感じ再び足を止めた。
そこは先程まで歩いていた筈の商店街ではなく、薄暗くて、何となく不気味な、恐らく廃墟であるビルが並ぶ場所で人一人居なかった。
どういうことだと一歩下がると、足に何かが当たり反射的にそちらを見たが、すぐに後悔することになる。
元は人間であったであろう肉の塊から、雨水に当たって赤黒い液体が絶えず流れている。口をあんぐりと開けて、目を限界の限り見開いて倒れている様子はその時の悲惨さを物語っていた。
足が震え、立っていられるのも精一杯の中、死体に背を向けて走り出す。恐怖でか足に上手く力が入らず何度か体勢が崩れるも、無我夢中に走り続けた。
暫くして走るのを止め、廃墟となったビルの中で自分を守るように膝を抱えて座り込み、涙を流す。これは夢だこれは夢だこれは夢だ。早く目を−−−

「おい」

突然、頭の上から声が降ってきて肩が跳ねる。声からして恐らく男だろう。本来ならば見知らぬ地に来て誰かに話し掛けられる事は喜ばしい事なのだが、今はそれすら恐怖でしかなかった。
がたがたと震える身体を自身できつく抱きしめ、相手が立ち去るのを待つ。が、男は去るどころか彼女の腕を掴み聞いているのか、と凄んだ。掴まれた腕が痛い。

「返事をしろ」

「…………」















お前は返事も出来ないのか。なんとか言ったらどうだ。ああ、お前は言い返すことも出来ないんだったな。無能。お前みたいな無能はいるだけで迷惑だ。私の視界の外で黙って本でも読んでろ。無能無能無能無能無能無能無能−−−−………!
















−−−っうるさいうるさいうるさい!


いつもポケットに忍ばせておいているボールペンを取り出してコンクリートの地面に殴り書きする。

"しゃべれないの"

ああ、こんな態度をとってたら殺されるのかな、だってこの人から微かに鉄の臭いがするもの。別にそれはそれでもういいや。



「………ジャポン出身か」

…ジャポン?なにそれ。ジャパンじゃなくて?
聞き慣れない地名に、雨と涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げると、黒い恰好をしたオールバックで、額に十字架のマークを付けた男が目を細めていた。

「取り敢えず中に入れ。風邪を引く」

どうやら今自分達がいる廃墟は彼と彼の仲間のアジトらしい。何の組織なのか問う術は今はないが、このような場所に本拠地を置くぐらいなのだから決して正義のためのものではない事くらい簡単に予想できた。しかし、他に頼れる人がいなさそうだったし、もうどうでもよくなったので私は素直に頷いた。



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