私は気付いていた。今までしがない一般人をやってきた私が、たった数ヶ月で彼らを満足させるぐらいにまでなれる訳がないこと。今更慌てて特訓を始めたところで、彼らに認められる実力になるには何年と掛かってしまうこと。本当はもっと前から気付いていたけど、まあいい。天と地がひっくり返ったって無理だと思う。それは二ヶ月経ったにも関わらず、なかなか上達しない私のこの姿を見れば一目瞭然だろう。きっとクロロさんはわかっていた。わかっていながら、こんな条件を出してたのだ。別に私は怒っている訳ではない。ただ、やっぱり−−−

(迷惑、なのかなあ…)

バイトをしたい、なんて。ましてこんな弱っちい私にわざわざ稽古をつけてくれている。まあそれを提案したのはシャルナークさんだけど。もしバイトなんか始めて、またあの時みたいに襲われたら、自分は自分を守れるのか。彼らに迷惑はかから…………ん、待てよ、私が襲われて、何でクロロさん達に迷惑がかかるのだ?アジトがばれてしまうから?いやそんなことでうろたえる彼等ではないだろう。寧ろわざわざ面倒を見なくてよくなるのでは?きっと彼らは、拾った犬を育てるような、淡い責任感を持っているのではないだろうか。もしそうなら私から進んで出て行けば、止めるものは誰もいない。
腹筋をしてそのまま後ろに倒れ込む。息が上がって、若干お腹が痛い。見上げた空は清々しい程の秋晴れだった。チチチ、と二羽並んで飛ぶ鳥は一体何処へ向かうのだろう。柔らかい風が前髪を巻き上げると私は目を綴じた。こんなに落ち着いているのは久し振りだ。確かに、ここへ来てずっと緊張しっぱなしだったかもしれない。数回深呼吸すると、腹筋の痛みはすぐに引いた。
ふと浮遊感にみまわれる。自然と恐怖心はなかった。ただ漠然と、私は元の世界に戻るのだと、そう思った。このまま消えてしまえばどんなに楽なのだろう。そんなことを考えていると突然私の名前を呼ぶ声が聞こえ、ゆっくり目を開ける。そこには眉をひそめながらこちらを覗き込んでいるマチさんがいた。私は静かに手を上げて、空中に指を走らせる。マチさんはその様子を見ながら、そっと私の髪に指を絡ませた。

"どうしたんですか"

「………いや、何でもない」

彼女は私の頭から手を離してビニール袋を示し、ご飯にしようと言った。私はそれに頷いて、上半身を起こす。さっきの浮遊感はなくなっていたけど、マチさんの表情も元に戻っていた。取り出されたサンドイッチはタマゴやハム、サラダと様々な種類がある。マチさんはサラダを手に取ったので、私はタマゴに手を伸ばした。口に広がるタマゴ味が、妙にリアルに感じられた。
それから暫く他愛もない話をして、1時間後くらいに特訓が始まる。不思議と辛くはなかった。心境の変化は時に身体にも影響を及ぼすようだけれど、こんなにもはっきりとした変化ははじめてだった。

とりあえずあと7周、終わったらマチさんとゆっくりお話したいな。



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