「名前」

呼ばれた方に向くとクロロさんが立っており、見覚えのある本を持っていた。それは最近ぱったりと見なくなってしまった、懐かしい文字。

「……!」

「やはり、これはお前のだったか」

渡されたのは私が元の世界から持ってきた唯一の本。私が一人で街に出掛けた日に一通り探してはみたものの見付からず、その日怖い目にあって以来アジトから出ることが出来ずに探せなかったものだ。彼によると数日前外の瓦礫の隙間に落ちていたものを見付けたらしい。お礼の意を込めて何度も頭を下げた。

「念の基本的な修業が終えたら渡そうと思っていたんだ。…どんな内容だ?」

まだ念で文字を上手く書くことが出来ないので、いつもの紙とペンを取り出す。いつかこれらも使わなくてよくなると思うと、嬉しいような寂しいような、そんな気分。それに何よりこのペンはクロロさん達がくれたものだ。きっと念文字が上手くなっても肌身離さず持ち歩くだろう。

"『未確認生物の定義』という本です"

そのメモ用紙を見るなりクロロさんは目を丸くして固まり、暫くしてくくくと笑い出した。え、何か変なことでも書いたかな。
不思議そうな顔をすると彼は口を押さえながら謝罪する。そういえば、クロロさんが笑うところは初めて見たかもしれない!

「すまない、意外でな。…UMAの類は好きなのか?」

そう問われ、首を傾げる。
実はこの本、昔祖母がくれたものだった。科学的で根拠のある本しか読まなかった祖父に対して、祖母はオカルトやUMAといった真偽が不確かな内容の本を好んだ。そのせいでよく夫婦で口喧嘩をしていたけれど。
そして私も祖母と同じ、夢のある方を選んだ。別に幽霊とか宇宙人とか、信じている訳ではない。ただ不確定な存在の者達が織り成す独特な世界が好きだった。ほら、有名所で言ったらナスカの地上絵とか。もうそれらは過去の出来事であり、それなりの記録がなければ真実を得ることは不可能に近い。なので現代人はそれが仮説以外の何物でもないのにも関わらず、調べ、想像する。だけど祖母はそこに読書の権化があると言っていた。
人間の凄いところは、思考し、文章が書けるところだ。祖母はアルツハイマーかと疑ったくらいにその言葉を何度も言った。それで私はその度に色んな本を何度も読みあさった。

暫くしてクロロさんはシャルナークさんに呼ばれて何処かへ行ってしまった。
私は瓦礫の上に腰を下ろし、帰ってきた本に目を落とす。紙は雨で濡れてふやけてしまい、おまけに泥も付いていてところこどころ読めなくなっていた。しかしこの本は何度も読んでいるので大して後ろめたさはない。
ざらざらする表面を撫で、私は本を閉じた。



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