名前は自分には才能がないと思っているようだが、彼女は思うほど悪くないと思う。現に気絶したあともきちんと纏を保てていた。これは彼女の、何らかの強い意思がそうさせているのかもしれない。
弱くて強い。そんな矛盾した表現こそ、彼女に相応しいものはないだろう。
「まず、念の四大行から知ってもらう」
あれから名前は朝までぐっすり眠り、目が覚めたのは午前十時。彼女に疲労の色は見られなかったので、軽く朝ご飯を食べてもらってから早速念について講義を始めた。そういえば師をするのは初めてだな。
「四大行には纏・絶・練・発とがある。今の名前の状態が纏だな。前にシャルが言っていた、筆談するのに紙とペンが必要なくなるというのは発まで完璧に熟さなくてはいけないが…」
まあ、名前なら大丈夫だろう
「………少し、難しいが…ゆっくりやっていこう」
無理なら無理で構わない。
そう言うと彼女の雰囲気は少し、柔らかくなった。…接し方はこれで合っていたようだ。
たった一週間ちょっと、それだけの付き合いだが、彼女がどんな言葉に恐怖し、不安に思うのは大分わかってきた気がする。こちらが安心させようとして言った言葉が、寧ろ彼女にプレッシャーを与えていたのだ。
恐らく名前は世界が自分中心に回っているとは一切考えていない。事実そうなのだが、人は自分が自分で有る限り少なからずそう考えることはあるはずだ。だが彼女にはそれがない。…いや、寧ろなさすぎると言ったところか。己は世界の一部であり、それ以上の何者でもない。自然の流れに身を任せ、一切自分の意思は持たない。きっと声を失ったのはその結果からきている。意見がないなら声は必要ないのだから。
「そーそー、全身の精孔閉じる感じ」
「…………」
名前の隣でシャルが指導をしている。徐々に彼女のオーラが小さくなっているところを見ると、絶もすぐに習得出来るだろう。
「…名前、もう少し自分に自信もっていいのにね」
「…そうだな」
確かに名前は自分を卑下しすぎているところがある。それは彼女がどのような環境で生きてきたのかを物語っているが、俺達は彼女の今までについて一切聞こうとはしなかった。必要があれば、向こうから話すだろうとて。
また、彼女が最初の頃よりも心を開いていると思うのは自惚れではない筈だ。現に一週間前よりも表情は柔らかくなってきている。そんな彼女の変化に、奥底で喜んでいる自分がおり、焦った。変えられているのは寧ろ、自分の方なのではないか。
「……それじゃあ、今日は絶が出来たら終了だ。出来なくてもまた明日やればいいから、ゆっくりな」
そう言って席を立ち、あとはシャルに任せることにする。この心のモヤモヤはいいものなのか、はたまた悪いものなのか。
−−−名前、ジャポン食が好きみたい
ふと、マチの言っていた言葉を思い出し、夜は鍋にしようと言うと、名前は柔らかい笑みを浮かべて静かに頷いた。
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