夕方はマチさんと日本食(こっちではジャポン食と言うらしい)の寿司をご馳走になり、この世界にも寿司があったのかと少なからず驚いた。
向こうでもあまり食べたことのないそれを久し振りに食べることが出来て少し感動し、それと同時に元の世界のことを思い出されて歯痒くも感じた。向こうではどうなっているのだろうか、私は行方不明になっているのだろうか、家族は、心配しているのだろうか。
そこまで考えて首を横に振る。彼等は心配なんかしていない。きっと厄介払いができて心底喜んでいるこどだろう。

私の家は所謂お金持ちなる、結構な富豪だった。母は家族の反対を押し切って一般男性と駆け落ちし、私を身篭る。しかしその数ヶ月後、父は不慮の事故で他界、母も私が生まれて直ぐにこの世を去った。そこを母の父に拾われ母の実家に住むようになった。母の姉とその夫は汚いものでも見るような目で私を常に見下していたが、祖父と祖母は自分の娘が駆け落ちして出来た孫にも関わらず、私をめいいっぱい愛でてくれた。歌が上手いね、と褒められた時には将来その道に進もうかと思ったくらいに、私も彼等が大好きだった。
しかし祖母は六歳の時、祖父は私が七歳の時に息を引き取った。死因は老死。
祖父も祖母も、生まれた時から両親のいない私を哀れに思ったのだろう。そしてそれと同時に命を落としてでも私を産んだ娘にやるせなくなった。あの時何としても、娘を止めるべきだった、と。その後悔の念を私を引き取ることにより埋めようとした。私自身も、彼等が心の底から私を愛して育ててはいない、ただの彼等の自己満足だということには幼いながらもうっすら気付いていた。が、当時の私に一人で生きていく力は勿論なかく、私はそれに気付かないふりをして過ごしていた。
それが確信となったのは、彼等の遺品を整理している時に見つけた日記帳に、不様にも娘への謝罪とともに淡々と綴られているのを見つけたとき(当時八歳だったが、一般人並の漢字の読み書きはできていた)。その時にはもう、悲しみの感情はなかった。残ったものは莫大な遺産のみで、勿論それらは叔母に譲られ、私の元には偽りでも私を愛してくれる人がいなくなった現実だけが残った。
祖父と祖母という枷が外れた今、叔母とその夫からの扱いは更に酷いものとなり、少し受け答えしただけで殴られた。そしてある日彼等と喋っても全く無意味なことに気が付き、私は声を棄てた。当時十歳。
それから七年と数ヶ月、私は異世界へと飛ばされることになる。別に神様は信じてなどいなかったが、こればかりは神の意図を知りたくなってしまった。あの時は運よくクロロさんに助けてもらい、こうして無事一週間と二日を迎えてお寿司まで食べることが出来ているのだが、もしもあれがクロロさんじゃなくて、もっと危ない人だったらどうしたのだろうか。呆気なく死んでしまっていたのだろうか。
考えれば考えるほど神の考えることは全く以って理解できず、私は思考を停止した。無意味なことはしたくない。

「名前、険しい顔してどうかした?もしかして寿司嫌いだった?」

隣のマチさんが少し心配そうに私の顔を覗き込んで言う。
どうやら私は無意識のうちに眉間にしわをよせ、箸を持つ手が止まっていたようだ。
私は勢いよく首を横に振って、大丈夫と笑いかけると、彼女はならいいけど、と言ってつぶ貝の寿司を口に運んだ。
その彼女の横顔を見て、やっぱり神様の意図は解らないけど、ほんの少し、ここに来てよかったと考える。

「…食べないならアタシが貰うよ」

ぼうっとマチさんの顔を見ているとそう言われ、私は急いでマグロの寿司を口に運んだ。



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