わからない。何故団長は念も使えない、異世界から来ただけのただの女を蜘蛛に置いておくのか。初めはただの気まぐれだろうと思っていたが、彼女が来てから既に一週間が経つらしい。いつもの団長にしては長いので、少なからず自分も彼女に興味があった。ただそれだけ。
「何の本読んでるか」
話し掛けると彼女は本から顔を上げた。一瞬、瞳が揺れた気がしたがどうでもいい。名前は急に話し掛けられたのに驚いたのか、あたふたしながら本の表紙をこちらに向けた。
「………ふうん。…面白いか」
そう問うと彼女は首を縦に振った。
「そうか。ならワタシのと交換するよ。ワタシこれ読み終わたね」
名前はまだ読み終わってないだろうに、何故か少し嬉しそうな顔をして自分の本を差し出した。
彼女の本のタイトルは『人魚姫』。もっぱらの専門外だ。もし自分が仲間の前でこの本を読んだならかっこうの笑いの餌食である。
「……ふん、こんなもの読むなんて馬鹿ね。だからお前はひ弱よ」
パラパラと本をめくりながら罵倒すると、彼女は驚いた顔をした後口を尖らせて首をブンブンと横に振った。
「何が違うか。ワタシの読むね。きと強くなるよ」
そう言って己の本を差し出す。勿論中身は『世界の拷問百科』。一般人にはきつい挿絵付きだ。
予想通り彼女は本を開いて暫くするうちにみるみる顔を青くする。それが面白くてニヤニヤしながら名前を見ていると、不意に涙目の彼女と目が合った。彼女は何か言いたそうに口をパクパクしている。
「どうしたね、涙目よ。…まさかその程度が無理か?ん?なんか言てみるよ、弱虫」
喋れないのをわかっていながら彼女を挑発する。
名前は悔しそうに口をヘの字にしてワタシを睨みつけた。そんなもの全く怖くない。寧ろ自分にとってみれば虐めてくれとでも言っているようなものだ。
彼女はなにか文句でも言うためか、ポケットから常備している紙とペンを取り出す。
しかしそう簡単にいかせない。ワタシは素早くメモ用紙らを取り上げ、自分のポケットに入れる。
予想外の行為に、名前は目を丸くして一瞬固まった。ワタシは、その後すぐに慌ててそののポケットに伸ばされた手を掴み、阻止させる。急に手を掴まれてびっくりしたのか彼女の肩が大きく揺れて、可笑しくなって笑った。
「…紙なんかなくてもお前には口があるね。ちゃんと喋るよ」
責め立てるように言うと、彼女は戸惑いながらも恐る恐る口を動かす。
…もう少し、と思ったが、なんと彼女からは声ではなく、涙が溢れてしまった。
(……めんどくさい女ね)
ため息混じりに彼女の手を離す。
名前は解放された手で涙を拭った。
「…………?」
「…悪かたね。コレ返すよ。あとその本は貸してやるからこの本は借りるよ」
彼女の頭をぽんぽんと撫でて紙とペンを渡す。立ち上がって名前に背を向け自室へ戻ろうとした時だった。
「……………っあ…!」
「……?」
後ろから声がした。
まさかと思い振り返ると、名前が手で口を押させて目線を泳がせていた。
「………お前、今声……!」
ワタシの台詞を遮るように彼女はメモ用紙を突き出す。
何かと思って読んでみると、その内容は実にくだらないものだった。
"一緒に本を読みませんか"
「…………お前正真正銘の馬鹿ね」
そういうと彼女は口を尖らせて、また紙に何か書きはじめる。
"お前じゃないです"
「……何か、名前でも呼んでほしいか。しょうがないね、弱虫子。そんなことより本読むんじゃなかたか」
彼女に反論なんか言わせまいと、さっさとさっきの場所へ移動する。名前は不満そうな様子でそこに座った。
そういえば、彼女にその本が読めるのだろうか。…いや、案外彼女は負けず嫌いなのかもしれない。
「…………またワタシの本読みたくなたら言うよ、名前」
本に目を落としたまま言うと、彼女がこちらを見た。表情は言わずもがなだろうなので顔は上げない。きっとニヤニヤしてるんだろうな。弱虫子の分際で。
「……あ、読み終わるの遅かた方は何か罰ゲームするね」
彼女の慌てる様子が空気を伝ってわかり、目を細める。本の分厚さからしてワタシが勝つに決まってるのに。彼女は本当に馬鹿な女だ。
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