彼女はどうやらまだ私達に遠慮しているようだ。…ほら、また首を横に振った。


「名前は何か食べたいものとかある?」

シャルの問い掛けに、一瞬だが彼女の瞳に不安のような、恐れるような色が現れることに彼は気付いているのだろうか。…いや、気付いていたとしても、どう接すればその色が消えるのかわからないからどうしようもないのか。現に今シャルがやっているように、出来るだけ優しく接することしか出来ないのだ。それでも、彼女の色は消えない。

「あー、私あれ食べたい。スパゲッティ」

「ほんとだ。美味しそう」

「確かに。じゃあ名前、あそこでいい?」

その言葉に彼女は頷く。その瞳に恐れの色は燈してはいなかった。シャルもそれに気付いたのか、少し表情を明るくした。


現在午後二時。少し遅めの昼食。
店内は落ち着いた感じで、なかなか素敵だと思った。時間が時間なので人は疎ら。
それぞれ好みのスパゲッティを頼むなか、彼女は少し考えた末私と同じペペロンチーノを頼んだ。見た目に関わらず、味覚は意外と大人びているのかもしれない。
注文し終えたらシズクが名前に話しかけた。私達が会って六日。シズクに至っては今日初めて出会った。普段本意外のものに殆ど無関心なシズクも、やはり彼女が気になるようだ。

「名前って本好きなの?」

さっき団長から借りてたけど、と聞いた。名前は少し驚いた顔をして彼女を見遣ると、さっきよりも表情を明るくして軽く頷く。
それを見てシズクは珍しく顔に表情を出して喜んだ。

「へえ。私も好きなんだ。どんなのが好きなの?」

店に入ってから彼女が不安そうな目をすることがなくなったので、もしかしたら単にシャルが苦手なのかと思ったが、そうではないようだ。
名前がそう問われた途端、彼女の大きな瞳が静かに揺れた。また、この色。
彼女は少し目線を下げ手元の紙と睨めっこし、暫くして右手のペンを動かした。

"ファンタジー系"

「………ふぅん。名前らしいね」

「んーー、じゃあ、名前の好きな男性のタイプは?」

「………」

「…シャルやめな、名前困ってる」

「取り敢えず名前の好きなタイプはシャルみたいなの以外でいいんじゃない?」

「……シズク?俺だって泣くんだよ」

「…あ、スパゲッティ来たわよ」

そんなやり取りをしているうちに注文の品々がくる。うん、美味しそう。




こうして皆でわいわい街を歩いていると時間が流れるのが案外早く感じて。空は既に橙色に染まっていた。こんなに純粋に一日を楽しんだのはいつ振りだろう。

名前は私達の一歩後ろを、街の景色をキョロキョロと見ながらしながら歩いている。

(私達に興味はない…のかしら)

一瞬そう思ったが、シズクが猫を見つけたときは周りの景色からそれに視線を向けていたし、シャルがおかしなことを言う度に静かに笑っていたから、私達のことはちゃんと意識しているようだった。
私は歩く速度を遅め、名前の隣に並び話し掛ける。彼女はやはり不安そうな顔をして私の言葉を待った。

「………お腹空いたわね」


何食べたい?

−−−違う

何がいいと思う?

−−−違う

何食べようかしら

−−−もう少し


「−−…うどんが食べたいわね」

名前から畏れの色は消えた。どうやら接し方はこれで合っていたらしい。彼女はそれを聞くと、目を丸くして小さく頷いた。



< >
戻る

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -