その日、少しでも彼等の役にたてたらとクロロさんに何か手伝える事がないか訪ねたところ、ついて来いと言ってある部屋に案内された。そこはどうやら読み終えた古書を貯めている部屋らしく、彼の部屋にあった数倍もの本で溢れかえっていた。

(凄い………)

「…見ての通り、だ。近いうちに整理をしようと思ってたんだ。手伝ってくれるか?」

快く頷くと、クロロさんは目を細めて私の頭に手を置いた。












(……ふう)

流石クロロさん。本の量が半端なく、片付け始めて既に二時間が経っていた。途中気になる本も見つけたのであとで貸してもらおう。


「名前」

後ろから声がして振り向くと、クロロさんが部屋の椅子に座ってこちらを見ていた。
首を傾げると、手招きしてテーブルを挟んだ向かいの椅子に座るよう示唆したので、一旦作業を止め言われるがままに席につく。
よくわからず戸惑っていると彼は薄く微笑み、自己紹介をしようと言った。

「二時間程働き詰めだったからな、少し休憩だ。いくつか質問をしていいか?」

軽く頷いてポケットからメモ用紙とペンを取り出す。彼に目線を戻すと顎に手を当ててそうだな…と質問を考えていた。

「…それじゃあ、好きな食べ物は?」

ふと、書こうと思っていた手を止める。好きな食べ物………改めて考えてみると特にない。今まではどう答えていたか思い出そうとしたが、考えてみると私にそんなことを聞く人はクロロさんが初めてだった。つくづく、私にはアイデンティティがないようだ。
特にないと答えると、しいて言うなら?と聞かれたので、私は暫く考えてうどんと答えた。クロロさんはふ、と笑いそうかと言って次の質問を考えはじめた。

「なら、嫌いな食べ物は?」

それも特にないと答えると偉いな、と褒めてくれた。

「趣味は?」

"本を読むこと"

「特技」

"特にない"

「好きな動物」

"犬"

私は質問に答える度に、クロロさんはこんな私と話していて楽しいのだろうかと考えはじめる。彼は自己紹介なんて提案をしたことを後悔してはいないだろうか。ペンを走らせる度、そんな焦燥にかられる。居心地が悪い。
クロロさんはうーん、と質問を探していて沈黙が続く。耐え切れなくなって掃除を再開しようと提案しようとしたところ、突然部屋の扉が開いてシャルナークさんが顔を出した。

「クロロー?資料まとめたよ」

「…ん、ああ、そうだったな。ご苦労」

そう言ってシャルナークさんが紙の束をクロロさんに渡し、彼はそれをパラパラと確認し始めた。

「………うむ、いいんじゃないか。…で、終わってばかりだが、もうひとつ頼みたいことが」

「えーー!?嫌だよ、俺疲れた!」

「まあそう言うな。それが終われば暫く何もしなくていい」

ギャーギャーと二人で言い争いが始まってしまった。私は、クロロさんの意識が自分から外れたことに安心しながら周りを見渡すと、本棚に結構埃が溜まっているのに気付き、二人の口論を目尻に雑巾を取りに部屋を後にする。
その後ろ姿を追う目線に、彼女は気付かなかった。



「……名前と何話してたの?」

「少し自己紹介を……な」

「ふうん……。…彼女、なかなか心開いてくれないね」

「…………そうだな」



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