服越しに、ひんやりとした感触が背中に走った。
おや、と振り返ろうとしたら、いつもより低く冷たい声が耳に届いた。










普段なら強引にでもこの状況を脱するが、相手が相手のため、珍しさから来る好奇心が勝る。
しばらく付き合うことにし、両手を上げた。
「で?君は一体何がお望みで?」
「…振り向かないでください」
気持ちが少し落ち着いたのか、脅してきた犯人は、先ほどより丁寧な口調で同じ内容を繰り返した。
「じゃあ、ずっとこのまま窓の外を見ていろと?」
眼前に広がっているのは夜の新宿。数分前から、徐々に少なくなる通行人を観察していた。
窓に反射して映る犯人の茶髪が、さらりと揺れた。
「振り向かないでいいですから…、」
犯人は一度、言葉を詰まらせた。しかし数秒後、ゆっくりと口を開き、続きを紡いだ。


「好きって言ってください」


茶色の隙間から覗く耳は、真っ赤に染まっていた。
「これは…、今世間で話題のツンデレというやつかな」
ごりっ。冷たい凶器が背中に強く押し当てられた。
「肯定?」
「否定です」
犯人は冷たい声に戻ってしまった。
しかし、窓から見る限り、それがただの強がりでしかないことは明らかだ。思わず笑みが溢れる。
本当に彼は賢しく、愚かで、滑稽だ。
「でも残念でした、正臣くん」
名を呼ぶと、犯人―正臣くんは顔を上げた。


窓越しに、目が合う。







「瓶の先じゃ、俺は死なないよ」

「………」
正臣くんは暫く何かを思案していたのか動かなかったが、やがて諦めたように溜め息を吐いて背中に当てていた物を下ろした。
自由になったので、両手を下ろしてくるりと振り返る。正臣くんは、やはり予想通り瓶を抱えて俯いている。それは、波江に「無くなったから買っておくように言っておいたはずなのに何て使えない人なのかしら。私がわざわざ作ってあげてるんだからそれくらい気を回しなさい。…いえ、もういいわ。調味料は別のものを使うから。…え?そんな訳ないじゃない。私が普通の毒で済ますと思う?」と怒られたので、正臣くんに買ってこさせた料理酒だった。
「お帰り。ご苦労様」
正臣くんの手から瓶を受け取ると、それの先を今度は正臣くんの左胸に当てた。
「臨、也さん…?」

「正臣くん、好きだよ」








押し当てた瓶を下ろし、尋ねる。
「どう?撃ち抜かれた?」
「………はい、とっくの昔に」

正面から撃ち抜いたほうが、効果はあると思うんだよね。



それに、背後から狙ったんじゃ、愛しい君の真っ赤に染まった顔が見えないじゃないか。




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