じわじわと、夏の音が辺りに響き渡る午前。
涼しげな白いワンピースに身を包んだ杏里は、何をするでもなく行き交う人々をぼうっと眺めていた。そして、視線の端で求めていた明るい茶色を捉え、ごく自然にふわりと微笑んだ。
「おーっす、杏里。早いなー」
「おはようございます、紀田くん」
正臣は右手を自身の背に回したまま、左手を軽く上げた。その手をひらひらと振りながら杏里に近付く。
「つーか、今日の杏里はまた一段と可愛いな。俺とのデートに気合いを入れてくれたということでオッケー?」
「竜ヶ峰くんはまだ来ていませんよ」
「…杏里、スルースキル高くなったよな…」
「え?」
がくりと肩を落とす正臣を見て、杏里は首を傾げた。どうやら無意識の内に正臣の言葉をかわしていたらしい。正臣はそれに苦笑した。
「やー、まあ、いい。うん。それだけ杏里も慣れたということだ。その分お近づきになれていると信じつつ今日のデートを始めようか」
「え、竜ヶ峰くんがまだですけど…」
杏里はそう言い、不安げに辺りを見渡す。しかし、そこに見慣れた姿は見当たらない。そんな杏里に正臣は後ろ手に持っていた物を被せた。
「え…っ、…?」
「杏里にプレゼント!これだけ暑いんだ、帽子ぐらい被っとかなきゃ日射病になるかもしれないぞう?」
正臣が被せたのは、白を基調とした、大きなリボンが可愛らしい帽子だった。偶然にも、それは今日の杏里の格好に見事に合っていた。
「何か、軽井沢とかにいそうなお嬢様って感じだな」
「そうですか?」
「うん、すげぇ良く似合ってる。流石は俺!という訳で行こうぜ!」
ぐい、と手を引かれ、杏里は咄嗟に帽子を抑えた。
「あの、一体どこへ…?」
「眠りのアパートの王子様をお迎えにー」
「え?」
よく分からずに首を傾げる杏里に、正臣は苦笑を浮かべながら携帯をひらひらと振った。
「メールあってさ。寝坊したんだと」





♂♀


「ホント、何やってんだか僕…」
帝人はメールを送った後、座り込んだまま肩を落とした。
本当なら今頃は待ち合わせ場所に着いて、友人二人と合流しているはずだった。
「まさか寝るとは思わなかった…」
ほぼ睡眠の取れていない頭で昨日の夜から今までの自分を振り返り、乾いた笑みを浮かべた。

――もう笑うしかない…。

昨晩、いつものようにチャットをしていると、気になる噂が目に入った。気になりだすとどうにも落ち着かず、情報元を探っていたら、いつの間にやら窓から朝日が差し込んでしまっていて。その時刻から寝てしまうと確実に寝過ごしてしまうため、開き直って起きていることにしたのだが、一晩中画面と向き合っていた目は予想以上に疲れ果てていた。そこで帝人はつい目を瞑ってしまい、それを最後に意識はブラックアウト。再び目を開けた時には待ち合わせ時間一分前。慌てて正臣に連絡を入れ、今に至る。
少し休んだためか、先程よりは思考が明瞭になった帝人は、急いで立ち上がり、先ずは洗面所に向かった。乱暴に顔を洗い、服を着替え、準備を整えると、携帯と財布を持って部屋を飛び出した。

「おはようございます、竜ヶ峰くん」

そうして扉を開けた先にいた杏里に、帝人は数秒固まった。
「竜ヶ峰くん?」
「そ、園原さん!?」
涼しげで清楚で、可愛らしい格好の杏里に、帝人は暫くぼうっと目を奪われていたが、杏里の不思議そうな声で我に返った。慌てておはよう、と挨拶を返すと、この悪戯の首謀者の姿を探す。
「正臣は?」
帝人はそう尋ねながら、外に出て扉を閉めた。その瞬間、黒い影が帝人に迫ってきた。
「!?」
「帝人、おーっす!」
杏里の背後から姿を表したのは正臣で。勢いをそのままに全力でぶつかられた帝人は思わず倒れ込み、閉ざされた扉に背中をぶつけた。
「ったぁー…」
「大丈夫ですか?」
「俺たちを待たせた罰だからな、これは。というか杏里に見惚れすぎだろ」
「うう…」
そう言われてしまうと何も言えず、黙り込んだ帝人の目に、白く綺麗な手が映った。見上げると、杏里が優しく微笑みながら手を差し伸べていた。太陽の光が服と帽子の白に反射し、いつも以上にきらきらと輝いて見える。帝人は自身の顔に熱が集中するのを感じた。
そっとその手を取ると、誤魔化すように笑い返した。
「あ、ありがと」
「いえ」
「あー、二人とも、俺を忘れてもらっちゃあ困るなぁ」
「!?」
すぐ真横から発せられた声に、帝人はびくりと振り向いた。
「あ、正臣…、おはよう」
「俺はさっきも言ったが、まあ、おはよう。よし、王子様の迎えも済んだことだしそろそろ行くかー」
「はい」
「王子様って…。でも、本当にごめんね…」
帝人は心底申し訳なさそうに眉を下げた。そして、ふと自分のメールの内容を思い出した。
「でも何でここに…?先に遊んでてって言ったのに…」
携帯の画面をちらりと見やると、待ち合わせ時刻から15分ほど先を指していた。それに更なる罪悪感に囚われながら、浮かんだ疑問を口にする。すると、正臣はやれやれ、と溜め息を吐いた。
「俺としては杏里と二人きりのデートにしたかったんだけど、悔しいことに杏里が相当お前のこと気にしちゃってさ。妬けるねぇー」
「え…っ」
帝人は思わぬ言葉に再び頬が熱くなった。動揺を必死に抑えながら、杏里に微笑みかける。
「ありがとね、園原さん」
「いえ…。でも紀田くんだって…」
杏里はくすり、と笑みを溢した。普段自分から意見を言うことが少ない杏里が、何か言葉を足すのは珍しい。微笑みながら紡がれた言葉に、帝人は目を見張った。
「先に竜ヶ峰くんを迎えに行くって言ったの、紀田くんじゃないですか」
「そうなの?」
更に意外な言葉に、思わず正臣に視線を送る。正臣は照れたように頭を掻きながら反論した。
「ま、まあそうだけど…、でも杏里だって“竜ヶ峰くんは?”ってかなり気にしてたじゃん」
「そうですけど…。でも、私が何も言わなくても迎えに行っていた気がします」
「うー、まあ…なぁ…」
二人の会話を聞いて、帝人は自分の胸中に安堵が広がるのを感じた。先程まで自己嫌悪が思考の大半を占めていたからだろうか。それとも、ただ単に二人といることに安堵しているのか。

――両方、かな。

「まあ、そんなことはどうでもいい。これくらいの遅れ、気にする程でもねぇし」
「竜ヶ峰くん、行きましょうか」
「…うん、二人ともありがとう」
帝人は先程の焦った足取りとは程遠いそれで、二人の元へと歩み寄った。







――ここが、僕の居場所。





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左右様に捧げます!
早々と夏の話にしてしまいました…。最近暑い日が続いていますし大丈夫…なはず…。←
お嬢様=軽井沢という単純な頭で申し訳ありません…。しかし杏里はお嬢様ファッションがかなり似合うと思います(真顔)
リクエスト、本当にありがとうございました!


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