“それ”を見た時、直ぐ様彼女を思い浮かべた。
まるで彼女のような“それ”は、きらきらと輝いて見えて。

僕はそっと手を伸ばした。





♂♀


「…暑い」
彼女はそう一言告げると、Tシャツの胸元を引っ張りぱたぱたと扇ぎ出した。
「ま、正臣!」
「何?」
慌てて名前を呼ぶと、正臣はぴたりと動きを止めた。本気で分かっていないようで小首を傾げる彼女に、内心溜め息を溢す。
最近になって急激に上がった気温により、街は一気に夏らしく模様替えされた。それは目の前の彼女も同様で。薄手のTシャツにショートパンツという格好のため、普段はそこまで見えることの無い細く綺麗な手足が堂々と晒されている。正直、目のやり場にものすごく困る。あまりじろじろ見ないように、と平常心を心掛けているが、目は確実に泳いでいるだろう。
今の格好ですらそんな調子なのに、これより更に胸元を広げられたら、此方が堪ったものではない。逸る心臓を必死に鎮めながら、誤魔化すように笑った。
「団扇使う?」
「ああ、うん、あるなら借りるけど」
正臣は少し違和感を覚えたようだったが、特に気にした様子もなく頷いた。それにほっとしながら、机を漁り始める。
団扇を探している最中、一つの引き出しを開けかけてしまい、慌てて手を止めた。そしてすぐに別の引き出しから団扇を取り出し、正臣に手渡した。
「はい、これ」
「さんきゅ」
正臣は受け取ると、今度は胸元を引っ張ることなく扇ぎ始めた。止めたのは自分なのに、少し残念に思ってしまうのは何故だろうか。
「しっかし暑いなー。暑い、ああ暑い」
「さっきから暑いしか言ってないじゃないか」
「だって暑いんだもの。帝人ん家クーラー壊れてるし」
「ごめんね。まだ修理してなくて」
「ま、いいけどさ」
正臣は意外にもあっさりと引き下がった。あれほど文句を言っていたのにやけに聞き分けがいい、と疑問に思い目をやると、正臣はにやりと悪戯っぽく笑った。
「たまにはお家デートも悪くないよな」
「…!」
なーんちゃって、と笑う正臣が無駄に可愛く見えて、さっきから忙しない心臓は全く落ち着くことなく余計に騒ぎ出す。

――恋人の欲目、なのかな。

以前から、正臣のことを可愛いとは思っていた。ずっと片思いのままなんだろうな、なんて諦めていた時期もあった。

――あの頃はこんなにも騒がしい心臓だっただろうか。

付き合い始めてからは治まるどころか、ちょっとした仕草ですらも可愛く思えて、すぐにどきりと心臓が跳ねてしまう。一々余裕のない自分を知られたくなくて誤魔化していたらそればかりが上手くなってしまったようで、心の鎮め方は未だに習得できていない。

――何か、悔しい。

自分ばかりがどきどきして、好きすぎている気がする。でも、そう思ってもどうしたらいいかなんて分からない。今日もいつものようにばれない内に話を逸らした。
「…あ、アイスが冷凍庫にあるよ…」
「まじで?じゃあいただく!」
そう言った途端、正臣は嬉しそうに目を輝かせて立ち上がった。そしてくるりと僕に背を向け歩き出す。
その隙に僕は再び机に向かい、さっき避けた引き出しに手を掛けた。からりと開けると、可愛らしいリボンの付いた小さな包みが顔を出す。そっと手に取ると、かさり、と小さく音が鳴った。
「…帝人?」
突如、背後から掛けられた声に驚き振り返ると、アイスを二つ持った正臣が真後ろにいた。思った以上に顔が近くにあって、ふわりと良い匂いが鼻腔を擽る。どきりと心臓が跳ねた。
そんな僕には気付かないまま、正臣は更に身を乗り出して手元を覗き込んできた。
「…随分と可愛い包みだな。誰かからのプレゼント?」
訝しげな正臣に、苦笑を溢す。
「違うよ。これは…その…」
上手く言葉が浮かばずに、どもってしまう。結局何一つ上手く伝えられないまま、正臣の目の前にそれを差し出した。

――さっき以上に暑い。

これはきっと夏のせいじゃない。

「正臣、に…」
「…私に?」
正臣は不思議そうに包みを受け取った。
「でも今日って何かあったっけ?誕生日はもう祝ってもらったし…」
「何にもないよ」
「え?」
「何にもない日だけど、正臣にあげたかったんだ」
そう言ってしまってから、急に心が翳り出す。

――こういうの、嫌、かな…?

勝手に一人で舞い上がって、何の前触れもなくプレゼントしてしまったが、重いって思われていないだろうか。ただ彼女にプレゼントしたくて買ってしまったが、喜んでもらえるのだろうか。
急に押し寄せてきた不安に、さっきとは違った意味でどきどきと鼓動が早まる。
「…開けていい?」
そんな僕の顔を正臣は窺うように覗き込んだ。緊張しながらも、頷く。
「ど、どうぞ」
かさかさ、と包装紙の擦れる音がする。何も言えずに黙ってそれを聞いていると、やがて音が止み、正臣の明るい声が耳に届いた。
「わぁ、ひまわり!」
正臣の手に収まるそれは、ひまわりをモチーフにしたストラップだ。跳ねるような声色にほっとして、口を開いた。
「店先で見て、正臣っぽいなって思って」
「へぇ」

一目見た時に、“正臣みたい”って思った。
きっと彼女に似合う。だから、プレゼントしたくなった。

――僕の贈り物を彼女が喜んでくれたら、本当のひまわりが手に入ると思ったから。

正臣は嬉しそうにストラップをゆらゆらと揺らしている。そして、ぽつりと呟いた。
「私がひまわりってことは、太陽は帝人かな」
「え…」
思わず驚いて固まると、正臣は照れ臭そうに目をそらした。頬が僅かに赤く染まっているのが見えて、僕も釣られるように頬が熱くなる。

――ああ、暑い。

長く、でも決して居心地は悪くない沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは正臣だった。
「なぁ、これ、自分の分は買った?」
「え、ううん。買ってないけど…」
正臣の意図が分からないままそう答えると、正臣はにこりと笑って僕の腕を取った。
「じゃあ買いに行こう!」
「ええ!?」
突然の提案に、ただただ目を見開いた。
「な、何で…?」
正直に疑問を口にすると、正臣は笑顔を引っ込めて、拗ねたように口を尖らせながら呟いた。
「…帝人のにぶちん」
「え?」

ちらり、と上目遣いで小首を傾げられる。

どきり、と心臓が跳ねる。

「お前にはお揃いという発想はないのか?」

――ああ、やっぱり彼女には敵わない。

彼女の方がよっぽど僕より太陽で。
それでいてひまわりのように明るくまっすぐで、きらきらしていて。

――すごく眩しいけれど、ここに根付いてくれている。

――僕の傍で、咲いてくれる。


「でも、今日行くのは止めようか」
「何で?」
「何でも!」
そんな格好の君を街に出したくない、なんて自分勝手な本音を隠しながら、すっかり水滴だらけになってしまったアイスを手に取った。







これからも、ずっとここで咲いていて欲しい。

――僕の隣で。





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「鈴檻」の立川さんに捧げます。遅くなってしまい本当にすみません…!



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