誰もいない広々とした室内。今日はいつも以上に広く見えて、まるで別世界のようだった。
偉そうに歪んだ思考と愛を語る偽善者はいない。いつも座っている席も空席。近付いて、背凭れに触れた。
冷たい椅子。温もりがまるでない。それは暫く誰も座っていないことを証明していて、酷く憎たらしく感じた。この家の主人と一緒だ。いつもは鬱陶しいくらいに構ってくるくせに、肝心な時に放置するのだから。

ギシリ、と小さく音がなる。
思っていた以上に座り心地の良い椅子に満足し、くるくると回ってみた。一周で虚しさを覚えて止めたけれど。
椅子の上で膝を抱える。
この椅子は何だか大きくて、冷たい。拒絶されているようだ。この部屋からも。酷く居心地が悪い。
現実を見たくなくて、目を閉じる。それでも、静寂は俺を責め立てた。
(煩い…)
まるで、別世界。ぎゅっと腕に力を込めた。





ふわり、と何だか暖かな風を感じて、目を開けた。
ここに来たのは昼頃のはずなのに、窓の外は朱かった。いつの間にか、寝てしまっていたらしい。
伸びをしようと体を動かした時に、体を包んでいるコートに気付いた。ファー付きのコート。あの人がいつも着ているもの。顔を埋めると、あの人の香りと温もりを感じた。
いつの間にか、室内には音と温度が戻ってきていた。まるで生き返ったかのように色付き出す部屋に、現金な奴め、と心の中で悪態をつく。

ふと、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐった。波江さんだろうか。
コートを巻き付けたまま(脱ぐのが面倒だっただけで他意はない)台所を覗き込む。そして、目を見開いた。
「い、臨也さん…?」
ぼんやりとしていた頭が一気に覚醒する。
黒い後ろ姿は、お玉片手にくるりと振り返った。
「あ、起きたんだね。おはよう、紀田くん」
「おはようございます…。珍しいですね、料理するなんて」
すると、にやりと嫌らしく笑われた。嫌な予感しかしない。
「そりゃあね。帰ってきたら俺の椅子で小さくなって寝てるんだもん。そんな可愛いことされたら、サービスしない訳にはいかないよ」
「……っ」
先ほどまでの自分の行動を思い出し、顔が一気に熱くなった。
――最悪だ…!
何で寝てしまったんだろう。しかも厄介な人に見られてしまった。
「それに、コートも気に入ってくれてるようだし」
「!ち、違います、これはただちょっと寒かったから…!」
「ふうん。まあ、そういうことにしといてあげるよ。出来たからお皿出して」
「あ、はい…」
何だか納得いかない。しかし、これ以上墓穴を掘りたくないので、大人しく食器棚へ向かった。
「あ、そうだ。紀田くん」
すると、思い出したかのように名前を呼ばれ、手招きされた。不審に思いながらも傍まで歩み寄る。
「何です…」
ちゅ、と軽い音と共に、臨也さんの顔は離れていった。
「寂しがらせたお詫び」
そして、にこりと酷く綺麗な笑顔を見せられる。
「……っ、馬鹿じゃねぇの…」





Loneliness

畜生、反則だ。



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