さよならガール | ナノ


【ありがとうございます。このような賞をとれるだなんて夢にも思いませんでした。これも今まで助けてくださった皆様のお陰です。本当に嬉しいです。ありがとうございました】
[受賞した際のナマエの挨拶]


【『天才とは孤独である』
 このような格言がありますが、これの通りならナマエは天才ではないのでしょう。ですがあの子は間違えなく天才です。孤独ではない天才なのです。わたしには絵といったものはよくわからないのですが、あの子の描くものには引き込まれます。絵に魂が宿っているかのようにすら感じます。
 よく芸術の才能を持つ天才が言われるようにあの子も奇人変人の類いではないかと聞かれることがありますが、そんなことはありません。ナマエは絵を描いていなければなんの変哲もないおとなしい子なんですよ】
[母インタビュー記事]


【ナマエはどの絵にも『人間』を必ず描く。精密画や肖像画、抽象画や風俗画など他にも様々な種類の絵を描くのだが、キャンバスには必ず人や人をイメージした何かがある。(中略)つまるところナマエは人並み外れた人間に対する敬意の持ち主なのである。多くの人が作品に引かれるのは、そのすべての作品に人間の持ち合わせた良さが現れているからだ。モデルとなった人物の特徴と良さを最大限に引き出し、見るものを魅了する。人物の隠れていた美点や性格を誇張するでもなく自然にキャンパスの中に納められる。それこそが、ナマエの作品の特徴である】
[美術展に寄せられた評論家Aの文章]



不自然ガール、に舞う


「母親のインタビューとかいるのかよ……」

 俺はあいつの資料を手に思わず呟いた。資料室で探し物をしていたらあいつのファイルが棚にあったから何となく気になって手を伸ばしたらいつの間にか座り込んで読んでいた。その後のページも流しながらぺらぺらとめくっていく。でもそれは資料というよりただのあいつにかかわる作品の評論とかのスクラップだった。その中にあいつ本人が登場したのは当たり障りない挨拶だけで、他には一切出てきていない。顔写真が一枚くらい載ってたりしてもおかしくはないんだろうが、そんなものは一枚もなかった。すべてに目を通してから俺はスクラップを閉じた。なにをやってるんだろうな、この忙しい時に。苦笑いを浮かべながら本来の目的であった資料を手に取り資料室を後にした。
 なんであいつのこと調べてんだろ。……多分頭のどっかであいつが気になっているんだろうな。だから出来るだけ細かい事を知りたい。情報を集めておきたい、と。はい自己分析終わり。浮かんだ答えを反芻する。がりがりと頭をかきながら「やだねぇめんどくさくて」と自嘲気味にうそぶいてみた。


* * *


「アポロー、頼まれてた資料持ってきたぞー」
「ありがとうございます。それとラムダ、部屋に入る時はノックをしろと何度も言ったはずですが」
「わりいわりい。ほらこれ」

 少ししかめっ面になったアポロにへらへらと笑いかけながら資料の入ったファイルを渡した。

「ところでラムダ、この後は暇ですか?」
「あ? 特に用事は無いけど、なんだよ急に」
「いえ、ナマエに描いて貰った絵を少し見てほしくてですね」

 ブルータスお前もか。
 最高幹部もこのざまでした。さようならかっこいい悪の組織ロケット団。ロケット団は拉致した相手とほのぼの仲良くする組織になりましたとさ。めでたしめでたし。
 この間アテナに呼ばれて行ってみたらあいつに描いて貰った絵の自慢だったし。ちなみに肖像画だった。わざわざそのために呼ぶなっての。……まあその出来栄えに、不覚にも感動してしまったのだが。
 次はアポロかよ。ランスもやるんだろうか。いや、シロガネ山くらいのお高いプライドを持ってるあいつの事だ。大丈夫。多分大丈夫。例え描いて貰ったとしても見せびらかしては来ないだろう。見せびらかしては……な。
 最後の砦として信じたいもんだ。

「お前までそのざまかよ……。そんなにあいつと仲良くしちゃっていいのか?」
「無闇に暴力を振るって描かせるよりはいいでしょう。下手に悪者ぶる必要はありませんよ」

 それもそうだけどさぁという反論を口の中で飲み込む。アポロが言っていることは確かに正しい。「これなんですけど」とアポロが持ってきた絵は写真より少し大きいくらいの比較的小さなものだ。その絵はアテナのところでみた色鮮やかな油絵とは違い、モノクロの点描だった。
 その絵には座っている1ぴきの犬の姿があった。凛とした姿だ。首には仰々しい首輪をかけられている。その犬は奥を見つめていて、視線の先には主人らしきものが描かれていた。いま部屋に入ろうとドアを開ける主人をじっと見据えている。その顔は、なんとも複雑な表情をしていた。

「私をイメージして描いたそうですよ。らしいといえばらしいですが」

 そういってくすくすとアポロは笑った。犬好きだからなのかは知らないが、いやに嬉しそうである。だが俺はこの絵見て思わず眉間にシワを寄せた。

「おまえこれ」
「なんです?」
「ボスのこと話したのか」

 思わず疑問が口から出た。その絵はどうみてもアポロだった。それもボスがいたころの。主が世界のすべてで、命じられれば死ぬことすらいとわない。どうしようもないくらい崇拝し、心酔している。忠誠の塊だったころのアポロだ。おそらくこの人物はボスを意味している。犬の視線に尊敬の念が浮かんでいるのだ。アポロがこの表情で見る相手はボスしかいない。それは昔のアポロを見たことのある人間ならば誰もがわかることではある。でもなんであいつがこれを――?
 アポロは少し苦笑いを浮かべながら質問に答えた。 

「いえ。まったく話してませんよ」
「じゃあなんで……」
「それがナマエの才能と呼ばれるものなのでは無いでしょうか。……不思議ですよね、この絵を見ていると昔を思い出します。サカキ様の後ろを歩いていた時のように感じるのですよ」

 悲しそうに、懐かしそうに、だがどこか嬉しそうにアポロは笑った。その顔は儚げでどこか芸術品のような香気を漂わせていた。
 そう、まるでアポロが描かれている絵のような。

 思わず顔をしかめた。こんなもん、才能なんて生ぬるいものじゃない。

「バケモンじゃねぇか……」

 口からこぼれた言葉は本心から出たものだった。それを聞いてアポロはまた笑う。

「化物は言い過ぎのような気もしますが、才能より鬼才と表現したほうが正しい気もしますね」

 またアポロはそう言って笑った。あの絵を見てボスを思い出してるからだろうか。なんだか表情がいつもより柔らかい。
 そう思っているとアポロは突然話を変えた。

「そうだラムダ。お前ナマエがしたっぱに言い寄られていたのを知ってますか?」
「はあ!? 知らねえよ、なんだそれ……!」

 思わず声を荒げてしまう。少し驚いたような表情を浮かべるアポロを見てしまったと思った。がしがしと頭を掻きながら「で?」と話の続きを促した。

「情報に敏いラムダなら知っているかと思ったのですが」
「いや今初めて聞いたぞ。それでどうしたんだよ」
「彼女は断ったらしいのですが……したっぱがどうしてもと引かなかったらしくて。そこである提案をしたらしいです。『ある絵のタイトルをあててくれ』とね」
「へー。で、そいつはどうなったんだよ」
「ナマエを諦めたらしいです」
「諦めた? あっけねぇな。タイトルを間違えたくらいで諦めちまうのかよ」
「いえ、間違えてはいないらしいです。私も聞いた話なので信憑性はないのですが……、どうやらタイトルを答える前に逃げ去ったらしいです」
「逃げ去るってなんで?」
「絵を見て逃げ出したらしいですよ」
「ますます訳わかんねぇな……。そんなに恐ろしいものでも描かれてたんかね。地獄絵図かなんかか?」
「ナマエならそれほど恐ろしい絵を描くこともできそうですがね。それにしても、少し気になりません? そのしたっぱがどんなものを見たのか」
「少しな。でもそれが本当かはわかんねえし。どうせうそだろ」
「じゃあそれを確かめるためにも見に行きましょう」

 は? と聞き返すとアポロはさっさと部屋を出て行ってしまった。「俺アトリエ嫌いなんだけどー!」と後ろから声をかけると「すぐすませますから」と返ってきた。どうやら俺に拒否権はないらしい。
 最近俺の話を聞いてくれる回数が減っている気がする。いやアテナはいつもあんな感じだけど。こうなったらいっても無駄であることを知っているため、俺は大きなため息をついてアポロの表情を見た。その顔は少し昂揚していて、まるで興味のあるものを見つけた子供のようだった。アポロも、あいつの絵に魅かれてしまった人物の1人なのか。あーあ、と重い足取りを引きずりながらアポロとアトリエへ向かった。


* * *


「ナマエ、いますか?」
「あ、はい。こんにちはアポロ様。ラムダ様」

 あいつは礼儀正しくぺこりと頭を下げた。アポロがあいつにここに来た事情を話している間、俺はアトリエの外で煙草をふかしていた。長い間アトリエにいることは避けたいし。しばらくするとアポロがでてきて俺を中に誘導した。例の絵は本当にあるらしい。中にはあいつもいて、また俺に頭を下げた。アトリエの中にはペンキのにおいが充満している。うげ、と顔をしかめながら車いすの後について絵が置いてある場所へと足を進めた。

「あの、本当に見て気持ちのいいものじゃないと思うんですが……」
「いいよどうせこいつ聞かねえから。とりあえず見してくれよ」
「それにしてもどうしてタイトルを当てたら付きあってもいいだなんて言ったんですか?」
「それは……。とっさに思い付いたのがそれだったから、という理由なんですよ。こんな理由ですみません。ちょうどその時にちょうど描き終わってタイトルをつけたばかりの絵があったので、これのタイトルならわからないんじゃないかなーという考えが頭をよぎったんです」

 私なんかを好き、と言ってくれたのは本当にうれしかったんですけれどね。と少し悲しそうに笑った。

「おや、ではなぜ断ったのですか?」
「ええーっと」

 あいつはもごもごと口籠った。言いにくそうにしているが、アポロは話しだすのを黙って待っていた。少々沈黙が続き、あいつが耐えかねたように話し始める。

「いい人すぎる……からです」
「え? ここはロケット団ですよ。お前が言うようないい人なんてい無いと思うのですが」
「いいえ。この組織には優しい方ばかりです。あの方はいつも優しく話しかけてくださいました。常に気にかけてくださいましたし、足が悪く動きが遅い私に合わせてくださった事も……。挙げればきりがありません」
「しかし、いい人ならば付き合うべきなのでは?」
「ですが……、こんなに自由に行動させていただいていますが、私はあくまでお金を稼ぐために連れてこられたものです。それなのに組織の方とお付き合いさせていただくだなんておこがましいというか、なんというか……申し訳なくて。それにあれほど優しい方でしたら私のようなものではなくもっといい方がいらっしゃると思いまして……」
「そう言われると罪悪感が湧きますね」
「じゃあお大人しく家に帰してやんのか?」
「それとはまた別問題です」
「なんなんだよ」

 そこまで話したところで大きな布の掛けられたキャンバスのところへついた。ずいぶんと大きな絵である。こんな大きな絵、何日くらいでかけるもんなんだろうかとぼんやりと思った。

「こちらです」
「これは……大きいですね」
「すっげーなー。1人で仕上げんの大変だっただろ」
「ありがとうございます。あ、そうだ」

 ぽん、とあいつは手をたたく。楽しげに笑う表情を、俺たちはきょとんと見つめた。

「せっかく来てくださったんです。お二方もこれのクイズを答えてみませんか? そんなに難しい答えじゃありませんし、どうです?」
「面白そうですね。やってみましょうよ」
「でもタイトルって地味に難しくねえ? ピンポイントで当てるって結構きついぜ?」
「その絵のタイトルに近いものでしたら当たったということにしますから」
「それならいいですね、ラムダ」
「はいはい。やりますよ」
「もし気分が悪くなったら言ってくださいね。すぐやめますから」

 そういうとあいつはキャンバスにかけられている布を取り払った。気分が悪くなるだなんておおげさだねえ、と心の中で小さく呟く。ばさり、と音を立てて大きな絵が露になる。
 そこにあったのは赤、黒、紫、青、緑……様々な色が混ざった抽象画だった。ただ無造作に絵具をぶちまけたような、でもどこか規則性がある、不可思議な絵。あいつの腕で描いたとは思えないくらいの力が込められているように思った。大きなキャンバスいっぱいに絵具が散らばっている。もとは白かったはずなのに白色は少しも見えない。塗りつぶしにも似たその絵が視界に入った瞬間、俺たちは思わず固まっていた。

「なんだよ、これ」
「……ッ」

 アポロは顔を青くして口元を押さえた。今にも倒れてしまいそうである。俺も胃からこみ上げる異物感に歯を食いしばる。じわりといやな脂汗が額を滑った。これはただの絵だ。乱雑に絵具を散らばらせただけのただの、絵のはずなのに。

 なんて、汚い絵。

 絵から伝わってくるのは嫌悪や憎悪、劣等感や羞恥心。ありとあらゆる負の感情だった。そのすべてを一枚に濃縮して押し込めたような。一方的な暴力のように見るものに不快感を与えてくる。その絵は、まるで生き物の存在を全否定しているかのようだった。視界に入れるのすらもはばかられる。それは、今まで見た芸術品と呼ばれる物の中でもずば抜けて汚ならしいものだった。

「だ、大丈夫ですか……」
「俺はな……。おい、生きてるかアポロ」
「…………」

 とりあえずアポロへと声をかける。どうやら言葉を発する元気も残っていないらしい。顔色が青色を通り越して土色だ。ここで吐かれても厄介だ。まったくさっきの強情さはどこに行ったやら。小さくため息をついてアポロの肩を担ぐ。俺も少し吐きそうになったが、なんとか耐えた。おろおろとするあいつを一瞥し、背を向けた。
 たしかにアポロは感受性とが強い奴だが仮にも大の男を1分たたずに再起不能にするなんて。ったくなんてもん描いてるんだこいつは。

「邪魔したな。言いだしっぺがこの調子だからちょっと医務室いってくる。さっきのクイズは俺らの負けで頼むわ」
「……ラムダ様は、大丈夫なんですか?」
「こいつよりは平気だよ。ああそうだ、こないだ言ってた俺の絵を描いてくれるっての無しにしてくれ。ただでさえ忙しいのに最高幹部がこの調子だからよー。わりいな」
「そう、ですか……。この度はすみませんでした。アポロ様にお大事にしてくださいとお伝えください」
「ん。わかった。じゃあな」

 後ろから少し残念そうな声がしたがそのまま放っておいた。アポロを担いでアトリエから出ると、ランスが通りかかったのでぐったりとしたアポロを無理やり預けてた。いくら線が細いとはいえ男の体重というのは結構重い。というか疲れた。俺だって体調悪いんだよ。だから頼んだよランス君。君なら大丈夫無事にアポロを医務室へと運ぶ任務をクリア出来るさ。健闘を祈る!
 ランスは突然の出来事が理解できないのか、どういうことなのか説明してくださいとわめいていた。体調を崩したらしいから医務室へ連れてってくれとだけ頼んでその場から離れた。逃げるが勝ちだ。
 まだ胃がむかむかしているので、とりあえず煙草を吸ってみた。余計気持ち悪くなって後悔した。



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