さよならガール | ナノ
 前はニュースで頻繁に取り上げていた《話題の天才画家失踪!?》といったタイトルも最近ではもうあまり見かけなくなった。世間の関心が薄れるのは早いもんだ。しみじみと思う。

 あいつに絵を描かせてそれを売りさばく。その絵は非常に高値で売買されて、まあ簡単に言うと丸儲け状態だった。高いリスクを払って手に入れた以上の利益は出ているだろう。
 俺としては浚ってからのあいつのことは何も考えていなかった。描かせるだけーとはいってもそんなに素直に描くとは思えなかったから、脅したりするのかと思ってた。ほら一応俺達悪の組織じゃん。だから結構ひどい扱いするんじゃないかと思ったりしてたんだけどさ。
 空き部屋を利用したアトリエから、多くのしたっぱとあいつの声がする。

「はい、できましたよ」
「ほんとにタダでもらっちゃっていいのかよ!」
「即席で作ったものですから。たいした物ではありませんが、煮るなり焼くなりすきにしてください」
「煮ないし焼かない。俺、芸術とかそういうの全然知らないけどこの絵がすげえって事だけはわかる……」
「おい、それもっとよく見せてくれよ」
「やだ。これ俺のだからやだ。見せたら減る」
「ガキか」
「あんた達早くそこどきなさい! ねぇねぇ、次は私の絵を描いて!」
「その前に休憩しようよ。ナマエちゃんずっと描いてて疲れたでしょう? お茶入ったよ」
「あ、ありがとうございます。すみません気を遣わせてしまって」

 ここまで馴染んでていいものかと少し不安になるんだ。


お砂糖ガール、に想う


 あいつをロケット団に連れてきて数カ月がたった。当初は別に何もなかった。今みたいにアトリエに人が溢れたり、したっぱ達があいつに絵を書いてもらったりなんてしなかった。でもいつからかこんな状態になっちまった。なにをどうしたら被害者と加害者がこうも打ち解けられるんだ。いいのかよそれで。俺様たちロケット団なんだぞ。
 不満げにアトリエの入り口を睨み付けていると、真っ赤な髪の女が目に入ってきた。赤いルージュを歪ませながら、アテナは楽しそうに俺に話しかけてくる。

「なんだか面白くなさそうねぇ。自分が連れてきた子が他の人と仲良くしてるのが気に入らない?」
「そんなんじゃねーよ。くっだらねえ」
「あらつまらない。あの子との禁断の愛的なものが始まる事をちょっと期待してたのに」
「それはアポロがエネコロロを好きになるくらいあり得ねえっての。というかおまえは何しに来たんだ?」
「いやね、最近したっぱたちの間で評判の子ってどんなのかと思って見に来たのよ」
「へーそうか。楽しんでこいよ。じゃあな」
「ちょっと待ちなさい」

 非常に上機嫌のアテナを置いてその場からたち去ろうとしたのだが、ガシリと肩を掴まれてしまった。ギリギリと爪が食い込んできて痛い。

「ラムダも行きましょう」
「はぁ? なんで俺様が行かなきゃならねえんだよ、アテナのとりまきと行ってくればいいだろ」
「そんなに嫌がらなくても。ラムダが今ここにいるんだからラムダでいいじゃない。行きましょう」

 俺の意見は無視かよ。肩を掴みぐいぐいとアトリエの中に入っていく姿を見ながらアテナに聞こえないように小さくため息を吐く。……まあ下手にアテナの機嫌を損ねて怒らせるよりいいか。2人でアトリエに入ると、中にいたしたっぱ達が酷く慌て出す。まあこんなくつろいだ状態にいきなり幹部が2人も顔出したらびびるわな。

「な、なんでこちらにお2人が……!」
「あの、えっと、これはですね……」
「ちょ、ちょっとあんたそれ片付けなさい!」
「でも菓子全部食ってない!」
「あんた幹部様の前でなに言ってんの!」
「俺はこの世の菓子の中で茶菓子が一番好きなんだよ!」
「知るかそんなの!」

 漫才か。
 ぎゃあぎゃあと騒ぐしたっぱ達を尻目に、アテナは不思議そうな目を向けているあいつに話しかけていた。

「はじめまして。あなたがナマエね。あたくしアテナっていうの」

 アテナが名乗ると、ああ、と納得したような顔になってぺこりと頭を下げた。

「はじめましてアテナ様。幹部様にお会いできて光栄です」
「あたくしのこと知ってるの?」
「はい。皆様が教えてくださいました。実力も美しさも備えた幹部様だと伺っています」

 そう言ってあいつはしたっぱ達の方へと目をやった。あら、とアテナが声を上げると1人のしたっぱがぼっ、と音が聞こえそうなくらいの勢いで顔を真っ赤にして「先いく! 失礼しました!」と叫んで出ていってしまった。残されたしたっぱ達はぽかんと出口の方向を見つめている。するとどこか遠くを見るような目でしたっぱ達が呟いた。

「あいつってすぐ顔に出るよなぁ。みんなで褒めてたんだからあんなに照れる必要無いのに」
「変なとこ刺々しいのに、根が馬鹿正直で純粋よね。それがかわいいとこなんだけどねー」
「あ、お前知ってる? あれ″ツンデレ″って言うんだぜ」
「なにそれ」
「ところでナマエ、あたくしにも絵を描いて欲しいのだけれどいいかしら?」

 したっぱ達によって完全に話が逸れたところでアテナが思い出したかのように話を元に戻した。それによってはっと気がついたようにしたっぱ達は再び慌て出す。なんとも緊張感の無い奴等である。

「わたしは構わないのですが、あの方と先に約束をしてしまいまして……大変申し訳ないのですがもう少々お時間を頂いてもよろしいですか?」
「い、いいよあたしは今度で! お先にどうぞアテナ様!」

 いきなり話の内容が自分に向いたのに驚いたのか、したっぱが慌てて弁解した。特に悪びれる様子もなく、アテナは「あらそう?」と軽く言う。
 そのまま出ていこうとするしたっぱ達を、1つの声が制した。

「待ってください」

 その声はあいつのものだった。

「なに、どうしたの?」
「あなたにお願いがあるのですがよろしいでしょうか」
「えっ俺?」
「はい。先ほどの絵の件なんですが、タイトルを決めてはいただけませんか? ぱっと思い付いたもので良いので、お願いします」
「タイトル? それは俺が決めていいのか?」
「はい。あなたに向けて描いたものですのでぜひあなたに名前をつけてもらいたいのです」
「そうなのか、じゃあ……」

 絵を見ながらうーん、としたっぱは唸った。そしてタイトルを思い付いたらしく間を開けて答えた。

「『レジェンド』とかどうだよ! やべえ超カッケー。自分のセンスが怖いぜ」
「どこがよ! ださすぎるにも程があるわ!」
「俺の伝説がこれから始まるぜ的な」
「黙れ馬鹿。ナマエちゃん、こんなんでいいの?」
「はい。決めてくださってありがとうございます。引き止めてしまい申し訳ありませんでした」

 またぺこりとあいつは頭を下げた。その様子をみてしたっぱ達はようやくアトリエの外へ出ていった。

「アテナ様、お待たせいたしました。ではこちらにどうぞ」
「ねぇちょっと聞きたいんだけど、さっきタイトルつけてもらったのはどうして? そういうのって普通描いた人が決めるんじゃないの?」

 アテナに問われると、あいつは眉間に少しシワを寄せて困ったように返答する。

「うまく言い表せないのですが、自分ルールみたいなものなんです。描いた相手に名前をつけていただけた方が絵が喜ぶと思いまして……」
「へー。芸術家の考えって感じね」
「そんな大したものではありませんよ」
「そんなことないわよ、ねぇラムダ」

 え、そこで俺に話振るの。存在消してたつもりだったんだけど。もう喋らないで出ていくつもりだったんだがそうもいかねぇか。

「そうだなー」
「なによ、今日はいやにやる気が無いわね」
「俺様はいつもこんな感じだろうが」
「そうかしら。あ、そうだナマエ。こいつラムダっていうの。一応あたくしと同じ幹部よ。あなたを連れてきた張本人だから顔は知ってるかもしれないんだけど」

 一応ってなんだよ一応って。じとりと睨むがアテナは知らん顔をしている。
 あいつは、きょとんとした表情で俺を見てきた。

「でもこの間の方とはお顔が違いますが……」
「あればマスクだよ。こっちがほんもんの顔」
「ラムダは変装はすごいのよー。演技はへたくそなんだけどね」
「うるせえ」

 ぶすっとした表情で答えるとくすくすと楽しげにあいつは笑った。
 その様子をみて不思議そうにアテナは訊ねる。

「あなたラムダが怖くないの? なんだかんだであなたを脅して連れてきた張本人なんだし」
「初めてお会いしたときは確かに怖かったです。ですがラムダ様はわたしの願いもききいれてくださいましたし、今では優しい方だと思いっています」
「お願いって?」
「画材を持ちたいという要望です」
「連れ去られる時にそんなお願いしたの? あなたって見かけによらず度胸あるわね」
「あのとき、実はパニック起こして逆に気が大きくなってたんですよ。普段ならとても言えません」

 アテナとあいつは和やかな雰囲気を出していたが、俺はというと視線をそらし脂汗をたらしていた。気持ち悪い、早くここから出たい。そんな事ばかりを考えていた。俺の様子がおかしいのに気がついたのか2人が声をかけてくる。

「どうかなさいましたかラムダ様」
「あら、酷い顔色よ。具合でも悪いの?」
「いや……なんかここの……ニオイが駄目でな。すっげぇ気分わりーから帰るわ」
「なによ、そうなら早く言いなさいよ」

 眉間にシワを寄せるアテナに小さく手を振ると「ラムダ様」とあいつが声をかけてきた。

「……なに」
「もし今度お暇がありましたら、外で良いのでラムダ様を描かせてくださいませんか?」
「こんなおっさんなんか描いたってなんもおもしろくないだろ……」
「いえ、是非描かせていただけたらと思いまして……すみません」
「……おー、時間があったらな」

 そう言いながらアトリエから出ていった。あまりの不快感に足元がふらつく。とんでもない二日酔いのときみたいになっていた。

「気持ち悪っ……」

 おぼつかない足取りで俺は自室に戻っていった。


* * *


 その日の晩もナマエは夜遅くまでアトリエにこもり絵を描いていた。筆先からペタペタという音が小さくその場に響いている。
 ふと窓から見える夜空を見上げ、ナマエは手を止めた。

「…………ラムダ様、かぁ」

 ぽつりとそう呟き、がりがりがりがり、と何かを削るような音を立てナマエは作業を再開させた。





 (20111225)
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したっぱのくだりが非常に分かりにくいので追記

最初に出てきたしたっぱたちは4人います。男2人に女2人です。大体のイメージですが以下

男A:馬鹿で茶菓子好き。女Aと漫才みたいな口論をする。
男B:ツンデレ疑惑がある。アテナが好き。
女A:男勝りな性格。男Aと漫才みたいな口論をする。
女B:おとなしい性格。お茶を入れていた人物。
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