「……」
「頑張りましたねアポロさん」
余程疲れたのだろう。勝手に自分の豊かな胸の中にアポロの頭を抱き込んでヨシヨシと撫でるナマエを咎めない。
大して甘味を好まないのに義理・本命合わせて段ボール十数箱に到達したチョコレートを、一口づつとはいえほぼ全てを口にした彼の努力には敬意を表したいものだ。
「ボンボンは勘弁してください……砂糖甘いわアルコールだわ……」
「大量だと厳しいですよね。アポロさんアルコール弱いですから」
ナマエの柔らかな乳房にスリスリと甘えるように頬擦りをする、普段からは考えられないその姿からもグロッキー振りが伺える。
「ビラブド、明日でよいのでその箱3つを研究班に。妙なものが混入しているようなので。誰が送りつけてきたのか調査するように言い付けてきなさい」
「そこのですか?」
他のチョコレートとと選り分けてある、少し小さな段ボールに視線を向ける。
「この箱が明らかに異物が混入しているもの、この箱が……異物が混入しているのか、単に調理者の腕が悪いのか判別がつかないもの、この箱は相当厄介なものが入っているものです」
言われてナマエはしげしげと段ボール箱を見つめた。
「厄介なのって――未開封のが多いですけど?」
「デルビルとヘルガーが警告してくれたので。……チョコレートの匂いでも消しきれない厄介な毒物が混入しているようです」
「あー、下剤じゃないですか? バレンタイン撲滅委員会でも『もてる奴らに腹下させてやろうぜ!』作戦とか練ってたらしいんで」
ナマエの言葉にアポロは苦々しげに吐き捨てた。
「……くだらない」
「そんな根性だからもてないんだって説教しときましたけどね」
真理である。
危険チョコレートと安全チョコレートを見比べ、ナマエはふむふむと頷く。
「一割、いや、七分ってとこですか、やばいのは。やっぱりオーソドックスなところで髪の毛とか桃ぼんぐりとかトカゲの黒焼きとかラブカスのウロコとかはいってたんですか?」
「女は食べ物にそんなものを入れるんですか……!?」
戦慄くアポロに平然とナマエは答えた。
「私はどれも受け取ったことありますよ」
がっくりと頭を抱えアポロは唸る。
「何なんでしょうね、本当に何故そんなものを……」
「おまじない、だそうですよ。両思いの。とりあえず食品に髪の毛入れた時点で振られるの確実だと思いますけど」
「全くです」
糸状の異物も混入していたのを思い出してアポロはますます気分が悪くなってきた。
「ナマエ」
「はい?」
「お前からのチョコレートをまだ受け取っていないのですが」
アポロの言葉にナマエは心配そうに彼の顔を覗き込む。顔色はよくない。決して。
「要りますか? 沢山もらってましたから、見るのも嫌になったのかと思いましたけど」
「お前から貰えなければ意味がないでしょう。……余計な気を回さず、早く渡しなさい」
……機嫌もよくない。強い口調でそう言われてしまえばナマエに逆らうことはできなかった。
用意していたものを取り出す。
「イギリス式にカードにしようかとも思ったんですけど、ちょっと味気ないかなーと思って――フランス式に、薔薇を」
差し出された一輪の薔薇は大輪とは言い難い。漂う甘い香りは花の芳香ではなく、嫌というほど嗅がされたスパイシーなもの。赤い粉がかかった艶やかな濃茶の花弁は間違いなくチョコレート。
芸術的といっても過言ではないその細やかな細工にアポロは目を見張った。
「ナマエ、まさかとは思いますが、自作ですか?」
「そう思います?」
一般人にこれだけのものが作れるはずがない。理性は告げるのだが。チラリ、ナマエを、薔薇を交互に見てアポロは重々しく断言した。
「お前ならやりかねません」
大雑把なようでいて、ナマエはむしろ凝り性だ。AB型気質そのままにやると決めたら徹底的にやり抜く。……やりかねない。
そうでなくともイベントごとには全力で参加するナマエのことだ。プレゼントが自作でない方がおかしい。
ナマエは小さく肩を竦めた。
「……バレましたか。作っといてアレですけど、ひけらかすようで言いたくなかったんですよ」
「これはむしろひけらかして誇るべきでしょう。素晴らしい」
一枚一枚薄く作り上げた花弁をガクの部分で接着させてあるのだろう。花弁もただその形に作ってあるのではなく本物のように立体的なカーブをつけてある。
「お前の気持ちは確かに受けとりました。しかし食べるのがもったいないくらいですね」
「今すぐなんて言いませんけど、悪くなる前に食べてくださいよ。そいつもせっかくチョコレートに生まれてきたんだから美味しく食べてもらうのが本望でしょう」
「ふふ、チョコレートに生まれる、ですか?」
表現のおかしさに笑うとナマエはむっすりと口を尖らせた。
「……カカオ豆・砂糖黍、および乳牛・卵鶏その他――」
「馬鹿にして笑ったわけではありませんから、その辺にしておきなさい」
「はい」
アポロは薔薇をしばらくしげしげと眺めた。花弁の一つに歯を立てれば、パリ、と容易く砕けたそれはあっさりと口の中で溶けてゆく。
「あまりくどくありませんね」
「一枚一枚はそう大して大きくありませんから」
パリリパリリ。花を食む主の姿をナマエはじっと見詰める。喜びと期待と不安に満ちた目にアポロはにこやかに笑ってやった。
「美味しいですよ」
「……よかった」
正直、舌はとっくに麻痺したも同然で味の良し悪しなどわからないのだが。しかし食べやすいのは確かだ。芯の部分は密度が高いせいか普通のチョコレートと変わらないが。
「ご馳走様でした」
枝に使われていた棒をゴミ箱に捨ててアポロはナマエに向き直る。
「ナマエ」
「はい」
「他に食べたいものがあります」
絡み付く視線はチョコレートの濃厚な甘さと粘っこさを湛えていて、トクリとナマエの心臓が鳴った。
「もらえますね」
「どうぞ」
躊躇うこと無く手を伸べてナマエはその身を差し出した。
「食べてください」
「では、遠慮無く」
アポロと絡めた舌もかかる吐息も、チョコレートの味や匂いがする。どこまでも甘く、溺れそうだとナマエは思う。勿論溺れるつもりだが。
――バレンタインの夜はそうして更けてゆく。
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バレンタインフリリクでリクエストしてしまいました!
個人的に獣シリーズが好きなので獣ヒロインとアポロ様甘夢をリクエストさせていただきました!
ものすごく悶えました!誠にありがとうございます^^