頂き物 | ナノ

 あたしは急いで荷物をまとめた。もうこんなところにはいられない。早く逃げないと死んでしまうと、本気で思った。
 恋人のノボリと同棲を始めて3ヶ月。この3ヶ月でノボリはすっかり変わってしまった。過剰なまでにあたしを束縛するし、どんなに些細なことでも他人があたしを傷つけたらその人を絶対に許さない。おかげであたしは、ノボリによる犠牲者をもう出さないように極力他人と関わるのを避けるようになった。そうしていればノボリは優しいし、愛されているのだと思うこともできた。
 でも結局、それはただの自己暗示にすぎなかったのだ。
 昨日、セックスの最中に首を絞められた。あたしの首を絞めながら、彼は「繋がったまま死ぬことができたらなんと幸せなことでしょうね」と言った。
 殺されると本気で思った。もうこれ以上は付き合っていられない。このままでは確実にあたしの命は寿命をまっとうする前に尽きてしまう。まだ死にたくない。
 少しの荷物をバッグに詰めて、あたしは玄関から飛び出した。とにかく遠くに逃げなければ。友人や親は頼れない。誰かをあてにすれば、万が一彼に見つかったときにその誰かが犠牲になってしまうから。
 ひとまずフキヨセに行こうと思った。ひこうタイプのポケモンはノボリに取り上げられてしまったから、長距離の移動には飛行機と電車しか使えない。電車は仕事中の彼に見つかる可能性があるから論外だ。あたしはただひたすら、フキヨセに向かって歩き続けた。

 と、いつの間にか森の中へ迷いこんでしまったらしい。どちらが前でどちらが後ろなのかもわからなくなってしまった。とっくに日は暮れて辺りは真っ暗だ。死にたくないから逃げ出してきたのに、これでは遭難死してしまう。どうして上手くいかないの、と涙がじわりと広がったそのときだった。
 背後から、がさがさと音が近づいてきた。夜行性の野生ポケモンが出てきたのかもしれない。一応手元にはエルフーンが1匹いるけれど、大型のポケモンならお陀仏だ。あたしは相手を刺激すまいと、なるべく音をたてないようにゆっくりと後退した。やがてぼんやりと灯りが見えた。
 人魂のような、青白い炎。
 あれは見たことがある。
 ――シャンデラ。


「 ナマエ 」


 ぞわり。肌が粟立った。
 ぼわりと炎に照らされて浮かび上がったのは見慣れた姿。その姿を認めた途端、あたしは無意識のうちに駆け出した。どうしてここがわかったのか。とにかく逃げなきゃ。捕まったら、終わりだ!


「ナマエ、そんなに奥まで行ってしまったら迷って出てこられなくなるではありませんか。ナマエ?……ああ、ここが森でなくなれば迷うことはありませんね。そうしましょう」


 何だかよくわからないことをぶつぶつ言っている――そう思った次の瞬間、一気に視界が明るくなった。
 見渡す限りの、赤、赤、赤。森が一瞬にして、火の海と化した。


「焼け野原になってしまえば迷わずに帰って来られますね。ねぇナマエ」
「い、や…!」


 行く手を炎に阻まれ、あたしは力なくその場に崩れ落ちた。前に行けば火だるま、後ろに戻れば愛玩人形。どちらに進んでも待っているのは地獄でしかない。
 もう駄目だ。
 すぐそこに、彼の足音が聞こえた。


「ほら、帰りましょうナマエ。せっかく作ったシチューが冷めてしまいます」


 ノボリがあたしを抱き上げた。もう涙も出てこない。ただただ体が震えるばかりだった。


「…おや?」


 くるりと踵を返したところでノボリの動きが止まった。ふむ、と何かを考え込んでいるような表情が見える。やがてノボリは、何かに納得したようにぽつりと呟いた。


「ナマエ。どうやらわたくしたちは戻れなくなってしまったようです」


 え?


「炎に囲まれてしまいました」


 え?


「どうしましょうか。いえ、どうしようもないのですが」


 え?嘘でしょ?


「せっかくシチューを作ったのですがね…あなたに食べていただきたかったのに、残念です」


 ちょっ、ちょっと本当に?冗談でしょ?


「明日は何を作りましょうか」


 ねえ、嘘だって言って!






 翌日の朝刊。
 山林火災で男女2人が死亡と、小さな記事が載った。




(来世は何を作りましょうか)









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遥輝様から大学合格祝いに頂きました!あああああああなんて頭のおかしな(褒めてます)ノボリさん!こんなノボリさんが大好きです……!こんな素敵な作品をくださって本当にありがとうございました!
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