ただいまあ、と、やけに機嫌のよさそうな声が彼の帰りを告げた。もしかして酔っているのだろうか。けれど飲んだにしては随分早い帰りだ。どうしたのだろう。
酔った彼は絡みがしつこくて鬱陶しいけれど、機嫌がいいからあたしはその方がずっといい。一番困るのは彼の機嫌を損ねてしまうことなのだ。
ナマエー、と彼があたしを呼ぶ。あたしは横たえていた体を起こして彼を待った。
「…おかえりなさい」
「おお、起きてたか」
ラムダさんがあたしの部屋に顔を出した。ベッドの上にちょこんと座っていたあたしを少し意外そうに見つめている。酔ってはいないようだった。
今日は早いですね、と彼を見上げる。言われた彼はニカッと愛想のいい笑みを浮かべた。
「だってナマエ、今日誕生日じゃん?」
「…誕生日?」
すっかり存在を忘れていたその日に、あたしはきょとんとした。そういえば自分にもそんなものがあったな、と。何せ日付感覚などとっくの昔に消え失せてしまったのだ。
あたしはもう何日も何ヶ月も前から、ここで彼に飼われている。
あたしに似合うと言った真っ赤な首輪が外されたことは一度もなく、ただただこの箱の中で彼の飼い猫になっている。彼曰く、犬になってしまってはつまらないそうだ。少しくらい手の焼ける澄ました猫の方が飼い馴らし甲斐がある、と。
「ほら、誕生日プレゼント」
「…ありがとう、」
彼が誕生日プレゼントだと言って取り出したのは、新しい首輪だった。まともなプレゼントなんて期待していなかったから落胆もしない。むしろ実害のない贈り物に安堵したくらいだった。
新しい首輪は黒色だった。もう長いこと陽の光を浴びていないあたしの肌にはさぞ映えることだろう。
ラムダさんがさっそく新しい首輪を古いそれと取り替える。静かな箱の中にカチャカチャと落ち着いた金属音が転がって、そこに外から微かに届いたひぐらしの鳴声が混じった。
そこであたしはハッとした。あたしの誕生日は、こんな蝉の鳴いている季節じゃない。
「ラムダさん、あの、」
「何だよ?」
「あたし、誕生日…今日じゃない…」
控えめに、訴える。ラムダさんは一瞬手を止めたけれど、「いや、今日だよ」と言って笑った。
「ナマエは、――俺の子猫ちゃんは、1年前の今日生まれたんだから」
「意味わかるか?」と、彼があたしに問う。あたしは一種の絶望感に打ちひしがれながら、こくりと頷いた。
そうか。今日はあたしが生まれたではなく、彼の飼い猫が生まれた日なのか。もう1年も経ってしまったと言うべきか、まだ1年しか経っていないと言うべきか。どちらも甲乙つけがたい心境だった。
彼があたしのために買ってきたというケーキを箱から取り出した。何の飾り気もない苺のショートケーキには、火のついたろうそくが1本立てられた。
「1歳おめでとう、ナマエ」
「…うん」
灯された小さな小さな火を、あたしは吹き消した。
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遥輝様から誕生日祝いで頂きました!うわあああああラムダさんラムダさんラムダさんんんん!誕生日に遥輝様の鬼畜夢が見られるだなんて幸せです…!本当にありがとうございました!