頂き物 | ナノ
…私は別に、何か悪いことをした記憶はなかった。だけど、何故か私にだけ、彼は酷く冷たい風当たりを浴びせてきた。何もしていないはずなのに、直属の上司であるノボリさんは、シングルトレインの換金カウンターにいる部下の私に酷く冷たい反応をしていた。…そのたびに、私の心がチクリと痛むとも知らずに。



「…はあ…」



…今だって本当はノボリさんの元になんて向かいたくない。…だけどもそれは、私の右手のそれが許してはくれなかった。



「…おや、ナマエ」
「え、…あ、ノボ…」



暗い思考に苛まれていた私の意識を強制的に引き戻すその声。はっと顔をあげればそこには独特の黒いコートを身に纏ったノボリさんが居て、私は反射的に彼の名前を、



「あ、ナマエさん!」
「!!…と、トウコちゃん…」



…呼ぶことは叶わなかった。人よりも長身であるノボリさんの影になっていて気がつかなかったが、そこには明るい笑顔を浮かべるトウコちゃんがいた。私がそれに気がつけば、彼女は嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。…トウコちゃんは、最近このバトルサブウェイに来るようになった凄腕のトレーナー。得意とするのはシングルバトルで、頻繁にノボリの待つトレインに挑戦する姿を見かけていた。



「…あれ?ナマエさん…何か元気ないですね…?」
「えっ…あ、いや、そんなことないよ?」



私はいつだって元気だから。そう言ってにっこりと笑ってみせれば、トウコちゃんはまだ少し心配そうに『なら良いんですけど…』と呟く。…トウコちゃんは酷く優しい。私のような醜い人間とは真逆で。だから彼女は誰にでも愛される。ノボリさんの穏やかな表情がその事実を物語っていた。



「…ナマエ、」
「な、なんでしょう…」



しかしながら私の名を呼ぶとなった途端冷たい声色に変わったノボリさんの呼びかけに、私の身体はビクッと強張る。恐る恐る顔をあげれば、こちらを色のない瞳で見つめるノボリさんがいた。



「何故こちらに?貴女はまだ勤務中のはずですが?」
「す、すみません…あの、これを…ノボリさんに…」



なるべく表情に出さない様ぎこちない笑顔を笑顔を貼り付けながら右手を差し出せば、彼の視線は私の手に握られるピンクの紙袋に。



「これは…」
「この間のシャンデラもってたツインテールの女の子からです。ノボリさんに渡してほしいってさっき換金カウンターに来たんです」
「そうでしたか…」



そう言ってノボリさんは派手な柄のピンク色の紙袋を受け取った。チクリと心が痛む。…あの様子やこの紙袋からするにこれは絶対ノボリさんへのアピールだろう。私はいつだって少しでも彼の機嫌を損ねない様にするばかりだというのに。…私も彼の部下ではなく普通の女の子だったらこんなこと出来るのだろうか。そんな考えが頭を過ぎる。



「ノボリさんモテモテ!これ絶対アピールのプレゼントですよね、何が入ってますか?」
「…クッキー…と、手紙ですね」



がさがさと音を立てて取り出されたそれにまたチクリと胸が痛む。出てきたのは綺麗にラッピングされたクッキーと可愛らしい手紙。やっぱりといえばやっぱりの展開だった。



「よ、よかったですね、ノボリさん…!」
「…良かったとはどういう意味ですか」
「えっ…えっと、それは…」
「ノボリさんったらモテモテ!ってことですよねー」

そう私に笑いかけるトウコちゃんに便乗させてもらって『そ、そうです』と答えればノボリさんは『悪乗りしないでくださいまし』とため息をつきながらそう呟いた。そのため息に、私の心はまたズキズキと痛む。



「…ところでトウコ様。このクッキー食べていただけますか?」
「え?ノボリさん食べないんですか?」



そんなやりとりの中、突然ノボリさんがそんなことを口にした。驚きから彼を見上げるトウコちゃんと、それにつられてノボリさんを見上げる私を前に、彼は私には見せたこともない柔らかな表情で『わたくしあまり甘いものは得意としませんので、よろしければ』とクッキーを差し出しながら応えた。



「このクッキーも喜んで食べてもらった方が嬉しいでしょうし」
「そうですか?じゃあナマエさん一緒に食べませんか?」
「あ、いや、私は…」



ノボリがさん甘いものを得意としないことは知っている。…だけど、勝手にそんなことしたらまたノボリさんの機嫌を。そう思ってもう1度ノボリを見やれば、一瞬だけ視線がぶつかって、



「…ナマエはもう持ち場に戻ってくださいまし。まだ貴女は仕事中のはずでしょう?」



そうキツく言い放たれ、視線をふいっと外された。やっぱりのその冷たい反応に、私は慣れている。……慣れて、いるはず、



「…そ、そういう訳ですから、私はこれで失礼しますっ…」



…なのに。ズキズキと痛む胸に耐えられなくて、トウコちゃんに謝るのもそこそこに私は勢いよく駆け出していた。後ろから私を呼ぶ彼女の声は聞こえたけど、さっきのトウコちゃんに見せたあの表情が忘れられなくて、私はその足を止めることは出来なかった。






























軋む歯車


















「…ノボリさんの酷い人」
「…何のことでしょう」
「ナマエさん、悲しそうだった」
「………」
「…このクッキーに何が入ってるかわからないからナマエさんにはあげられないって素直に言えば良いのに」
「…そんなことは、」
「あと私にはくれる辺り私のこと何だと思ってるんですか」
「…トウコ様なら平気でしょう」
「怒りますよ?」
「………」
「…次ナマエさんを泣かせたりしたら、ね。いい加減素直になってあげてくださいよ」
「…気をつけましょう」



…そう呟いて、ノボリさんはナマエの駆けていった方向を悲しそうな目で見つめていた。







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茶子さん宅のまたね、の30000打企画に参加させて頂きました!素直になりたいんだけどなれないノボリさん、本当に素敵です……!たまらないです……!
素晴らしい作品をありがとうございました!
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