頂き物 | ナノ
誰が信じるだろうか。あの、あの工場長が、今この時に、浮気、しているだなんて。私はただ呆然とその光景を眺めているのが現状である。しかもそのお相手がカトレアちゃんだということにも吃驚だ。あれだけ敵対してた二人がなんで…?案外傷付いてない自分にも吃驚だけどね!しかし、ながいな。二人が抱き合ってから何分たつだろうか。そろそろ見てられないなと思って現場から背を向けた拍子にぼろりと涙が零れた。しかもこういうときに限って空気の読める先輩が目の前にいるのである。先輩は恐ろしいものを見たとでも言いたげな表情で私を指差して、第一声が「なんの練習?」だった。ひどいよ先輩。


「…せ、せんぱいー…」
「う、…うわっ!汚っ!抱きつくなよ!」
「なーぐーさーめーてー…」
「なんなんだよ一体…」


そう言いながらも先輩の手は私の頭を優しく撫でている。お母さんみたいだ…なんで先輩に惚れなかったんだろう私。ぐすぐす鼻を鳴らしながら先輩の作業着に顔を擦り付けると頭を叩かれた。







「ヘッドが浮気、ねえ」
「信じられないみたいな顔してますけど」
「実際そうだし」
「…ですよね」


そうなんだ。工場長が浮気をすること事態が異常事態なのだ。自意識過剰じゃないって自信持って言えるぐらいに工場長は私に依存してた、はず。「…はず、だよ、ね」


「…お前がそんなに落ち込むなんて予想外だな」
「いや、いやいや落ち込んではいません、よ」
「あー、よしよし」
「……子供じゃ、ないですから」
「俺よりは年下だろ」


なんで先輩こんなに優しいのどうなってんの。先輩の胸に頭を押し付けてたら温かい手のひらが私の頭を優しく叩いた。もちろん私の涙腺はぼろっぼろだ。しがみついてると「暑い」とは言われたけど手のひらは頭の上に乗ったままだった。なんて私先輩に惚れなかったんだろ「いてっ……だだだだだ」


「君はボクがいながら何をしてるのかなー?」


ゆっくり頭を起こすと私の頬を千切らんとばかりに摘まんだままの工場長と目があった。その一瞬で先輩は消えるし、やっぱり私に味方なんてものはいないのか。


「…いらいれす」
「はあ?」
「いらい…」


ぼろりと溢れた私の涙を見て、工場長の眠たそうな目がぎょっと見開く。「え、なに、そんなに、痛いの?」妙に焦ったようなその口調がおかしかったけど、どうも今は笑える気分じゃない。目を合わせないように俯いてたのに、工場長がしゃがんで下から覗きこんでくるものだから困った。涙が止まらない。


「…ボク、なんかしましたかー?」
「……う」
「う?」
「うわ、き」
「うわ、き…浮気……はあ?」
「カトレアちゃんと…」
「意味が分からないんですけどー…」


私だって意味わかりませんよ。しらばっくれるなんて男の風上にも置けませんね。カトレアちゃんに謝りなさい!言いたいことがいっぱいあるのに言葉にならない。唇の上を涙が伝ってしょっぱい味がした。だって私見たんです。言うと工場長は間髪おかず何を?と私を見ながら首をかしげた。何を、何をって。


「何を、じゃ、ないですよ!」
「え」
「あんな公共の場で抱き合ってたら誰かに見られるに決まってるじゃないですか!」
「は、…はあ?」
「何を今更しらばっくれてるんですか…!私、見たんですから」
「いや、あの、…はあ?」
「だから…!」


視界が真っ黒になった。背中に回る工場長の腕をへし折ってやろうかと思ったけどなんだかんだで抱き締められてるときは妙に力が抜けてしまうものだ。「落ち着きなよ」なんて言われなくても力入りませんし。黙って体重を預けると私を締める腕が力を増し、増し…「いっだだだだだぼきぼき言ってますってこれちょっ…だだだ!」うるさいなあなんて言われても痛いものは痛いんですって!鼻で笑われた。


「…で、君はいつそんなもの見たの」
「…今日の、朝、ホールで」
「今日の朝かー…」
「…絶対見ましたもん」
「へー」
「浮気…」
「…あの、ねえ」


急に工場長が私をべりっと剥がした。今度は私が目を見開く番だ。


「言わなくても分かってると思いますけどー」
「は、はい」
「ボクは君以外にムラムラしたりしませんよ」
「ムッ…、だ、誰もそんなこと、聞いてないです、って」
「でも君が欲しかったのはこういう答えでしょー?」
「…」


だから安心しなよなんて言いながら私の頭に置かれた手は先輩のよりもちょっと小さかったけどすごく温かかった。


「あと、たぶんそれさ」
「カトレアが倒れた時だと思うんだけどー」
「は」
「だから君の勘違いですね」
「…」
「君は実に馬鹿だなあ」
「アニメなら許せるけど工場長が言うと妙にイライラしますね…」
「愛の差じゃないの?」
「そんな歪んだ愛じゃないですし」
「君にしては積極的だねー」
「…いやいやさっきのな、」


し、を発音する前に頭が床に着地した。悶絶しながら転がっていると何かにぶつかって案外たくましい腕が見えて…ってこれなんてデジャヴ。


「なんかムラムラしたんでいいですよね」
「良い訳な」


また最後の文字を発言できなかった。人の話は最後まで聞くものですよ工場長。扉の隙間から先輩の顔が見えたのは、きっと、気の、せい。工場長が口の端を持ち上げた。ずるいなあ。



ライオンとネズミ/ネジキ
所詮は敵わないってことだ。



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サキ様宅の40000打企画に参加させていただきました!工場長ォォォ!かっこいいしかわいい!素敵な作品をありがとうございました!
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