「こんなことも出来ないのですか。本当に無能な人間ですね」
廊下の向こうから聞こえてきた声にはっとする。この声はきっと彼の声だ。綺麗でひんやりとした、だけど男の人らしい少しハスキーな声。…聞き間違えるわけ、ない。
「す、すみません、ランス様…どうか、どうかもう1度だけ、チャンスを…!」
「塵屑のような人間に用はありません。さっさと私の前から消えなさい」
…しかし、まあ…自分の恋人ながら…酷い、言いようだ。
と、そんなことを考えているうちにランスにスパッと切り捨てられたしたっぱは姿を消していて、その代わり、
「おや、ナマエ。こんなところで何をしているのですか?」
目の前に、噂のランスが立っていた。
「相変わらず情け容赦ないね…」
「あれが無能なのが悪いんですよ」
「そうですか…」
あのあと場所を移した私たちは現在私の自室でくつろいでいる状況だ。完成した珈琲をキッチンから運ぼうと振り返ると、しかしそのトレイはいつの間にやら後ろに移動していたランスによって奪われる。…こういうところは、多分とっても優しい…と思う。
「無能ね…私も大して変わらないような気がするな…」
「確かに、毎回書類の出来は目も当てられないものですね」
「…はっきり言うね」
「本当のことでしょう」
ランスのあまりのいいようについつい落ち込んでしまう。…勿論そのことは自覚しているのだが何分じっとしていることを苦手とする性格だ。最近は諦めも通り越して開き直っている始末。我ながら情けない。もう1度ため息をついていると、何を思ったのか先にソファーに座っていたランスがくいくいっと手を拱いている。…これは、その…
「…来いという…サイン?」
「解っているなら早く来てください」
割と恥ずかしいのですが。そんなことを真顔でいうランスからは微塵も恥じらいなど感じられないが…そんなこと言ったらそれはそれでまた五月蝿いことになるからやめよう。どちらかと言えばその指示に大人しく従う私の方が恥ずかしいような気もするが仕方ないので大人しく彼の元に歩み寄る。すると、ランスは勢いよく私の腕をひき、
「わっ…!」
私を膝の間に座らせた。くそ、腰にあてがわれたその手にいいように体勢を変えられた…ちょっと悔しい。
「張り合わないでいただけますか」
「心情を的確に察知してもそれを口に出さないでほしいものです」
「それは失礼」
私を膝の間に座らせたランスは私の腹部を自分の腕でがっちりホールドしてるし、頭には顎まで乗せてきている。暴れても脱出は不可能だろうし所詮男と女。体格の差がものをいう。しかしこれは悔しい。そして何より、重たい。
「…ま、いいじゃないですか」
「は?」
「デスクワークが苦手でも、ナマエ、あなたには誰にも負けないバトルの腕がある」
「………」
「そして何より、」
あなたは私の愛する女性だ。
「どんなことがあろうと、私は私の持てる力全てを公私して、あなたを、ナマエを護り抜いてみせますよ」
…何を言い出すのかな、この人。さっきまでは部下に散々なこと言って、2人になったらなったで私の気にしてるところズバズバ攻撃してきて。私で遊んでるのかと思いきや、突然バカップルでも逃げ出しそうな愛の告白してきて。…何か、訳、解んない。
「…照れてますね、ナマエ」
「………」
「隠しても無駄ですよ、私にはお見通しだ」
「…そんな、こと…」
「…まあ普通はわからないものですね。…真っ赤なんですよ、耳も項も」
ああ、もう!誰だこいつのこと冷酷とか言った奴!思った奴!こいつただの誑し魔じゃないか!
私の彼は冷酷さん?
(好きですよ、ナマエ)
(だあああっ!耳元で囁かないでよ馬鹿!)
(ああ、やっぱり)
(…何)
(真っ赤になった顔も愛らしい)
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またね、宅の茶子様から頂きました!な、なんてかっこいいランスさん……!この度は誠にありがとうございました!