悪ノパロ | ナノ
「時間だ、出ろ」


 今まで見張りをしていた兵が荒々しく鉄格子の扉を開けた。
 『わたし』はそのまま無言で処刑台へと向かう。

 広場には多くの人が集まり、口々に罵倒を投げていた。


―――お前のせいでどれだけ苦労したと思ってるんだ!
―――死んで当然だ!
―――早く殺されろ!


 どれもこれも耳を塞ぎたくなるような言葉ばかりだ。だが、それも当たり前かとしみじみと思った。


「三時の鐘がなったら処刑を執行する」


 酷く無感動に処刑執行人は言った。その間に別の処刑執行人が『わたし』の体をギロチン台へと促した。うつぶせに寝かされ、頭をしっかりと固定される。

 その状態でちらりと協会の時計をみると三時まであと五分を切っていた。

 王女は、ふっと目を閉じる。
 いや、もう王女というのはふさわしくないのだろうか。
 そこにいたのは紛れもないラムダ本人なのだから。


 ラムダは過去の出来事を思い返す。どこか他人事のように「これが走馬灯ってやつなのか」と考えていた。




《王女様この海にある言い伝えをご存じですか?》
《知らないわ。どんな言い伝えなの!?》
《願いを書いた羊皮紙を小瓶にいれて海に流せば願いが叶う……というものです》
《なーんだ、そんなのつまんない》
《何故です?》
《だってわたしのお願いは全部ラムダが叶えてくれるもの!》
《全部は無理ですよ》
《命令よ、敬語禁止!》
《……だから俺は召し使いなんだって》
《ほーら、叶えてくれるじゃない。海にお願いする必要なんてないわ》
《じゃあ俺がナマエの願い事叶えらんなくなったらこの海に頼んだらどうだ?》
《叶えられなくなる?》
《例えば、俺がナマエを裏切るとか、死んじまうとか》
《ええ!? やだ! 裏切るのも死ぬのも駄目! ラムダ、これは命令よ!》




(ごめんナマエ、やっぱり命令は守れなかった)


 カチ、カチ。
 時計の針は無情にも進んでいく。



(やっぱり、死ぬのは怖い)
(死にたくなんかない)
(厭だ厭だ厭だ)
(でも俺は罰を受けなきゃいけない)
(コトネを殺し、ナマエに責任を押し付けた仇を)
(ナマエはもうどこか別の国にでも逃げたかな)
(ま、アイツが一緒だから大丈夫か)
(アイツはいろんな国を旅してるっていってたし逃げ切れるだろ)
(あーあ唯一の友達に迷惑かけちまったな)
(恨まれるかな? アイツにも、ナマエにも)



 ほんのわずかな時間なのだろうが酷く長く感じた。その間に様々な考えを巡らせる。


「もうじきだ」


 執行人の声がした。
 するとすぐに協会の鐘が鳴る。


 ゴーン
 ひとつ目の鐘がなる

 ゴーン
 ふたつ目の鐘がなる



(ナマエ)
(お前は、生きろ)
(俺の時間を未来を、お前にやるよ)
(お前の罪も業も俺が全部持っていく)
(過去を捨て去って、新しい人生を歩むんだ)
(もう王女なんかでいる必要は無いんだ)
(黄ノ国の王女は―――ここで死ぬんだから)


 三度目の鐘がなろうとする刹那、小さく息を吸う。
 そして、『自分』を完全に捨て去り、『彼女』へと変わる。

 ラムダは最後まで虚勢を張り続けた。それは、彼自信を守るために使い続けてきた唯一の武器でもあったのだろう。その武器を手に、最後まで彼は戦う。

 周りの罵倒も気にもせず。迫る死への恐怖にも打ち勝ち。

 傲慢な、ナマエに成りきった。



(ナマエなら)
 民衆等には目もくれず

(臆病な俺と違うナマエなら)
 死ぬことになろうと取り乱さず

(俺が憧れていたナマエなら)
 誇り高く気高くいつものように振る舞うのだ。



「あら、」


 胸の内にはラムダの後悔と慈愛を。
 口元にはナマエのいつもの笑みを。


 そして『彼女』はいつもと変わらず、口癖言うのだ。


(幸せになれ、俺はただそれだけを願うよ)
「おやつの時間だわ」



 ――――
 ――――
 ――――!

 三時の鐘の音と刃物が肉を切り裂く音が共に響き渡る。
 その場にいるはずのない少女の、声無き悲鳴と絶望を孕み。


 その日、悪の限りを尽くした王女の処刑は多くの雑音と共に


 終了した。



* * *

むかしむかしあるところに 
あくぎゃくひどうとよばれるくにがありました

そのくにのちょうてんにくんりんするのは ナマエとよばれていたおうじょさまでした

おうじょはみがってに わがままほうだい 
くにのおかねをじぶんのためだけにつかったり
きにいらないにんげんをころしたりしました

おうじょのわがままにたえられなくなったひとびとは 
ちからをあわせておうじょとたたかいました

きびしいたたかいのすえ
おうじょはついにとらえられました

こくみんたちをくるしめたおうじょは
みんなのまえでしょけいされることになりました

ひとびとはよろこびました


そしてしょけいのじかんがきました

ですがおうじょはいのちごいもせずに

いつもとかわらぬえみをうかべたまま

くびをはねられてしにました


のちのひとびとはそのわがままなおうじょのことを「あくのむすめ」とよぶようになりました

わがままなおうじょがいなくなりひとびとはしあわせにくらしました

めでたし めでたし




そしてこれはかたられることのないこばなしです



おうじょをしょけいしても
あおのくにのおうじのいかりはおさまりませんでした

そしておうじはにげだしたかしんたちもつかまえて
そのやくしょくにおうじたばつをあたえました

ですが、よほどうまくにげたのでしょうか

ひとりだけ
おうじょのめしつかいだったおとこのゆくえだけは

だれにもわからなかったそうです

〔ある北の国の童話より〕



さようなら、もしも生まれ変われるならばその時はまた
 (2010820)


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