悪ノパロ | ナノ
 ナマエは牢屋の中でたたずんでいた。もう処刑の時間までは三時間を切っている。
 残されたわずかな時間に彼女は一人、孤独な牢屋で何を思っているのだろうか。

 ただ何もせず呆けていたナマエだったがカツカツと牢屋に響いた二つの足音に気づき、ゆっくりと音のするほうへ焦点を合わせた。
 そこにいたのは青ノ国の王子、アポロとナマエをここへ連れてきた赤い鎧の女、アテナだった。アポロはナマエが入っている檻のすぐそばまできてひどく愉快そうに話しかけた。


「どうです? もうすぐ処刑される気分は」
「あらアポロ様じゃない、……きまってるでしょ」

  ――最高よ。

 くつくつと笑いながら言うナマエにアポロは顔をゆがめた。


「……どうせお前も処刑される瞬間には無様に泣き叫ぶことでしょう、その時を楽しみにしていますよ」
「あらあらずいぶんと王子はご趣味が悪いのね。
 でも残念。わたしは最後まで命乞いなどしないわよ、どうせ無駄でしょうし」
「ふざけるな!!」


 アポロはガン! と牢の檻をけった。
 もうすぐ殺されるとわかっているのに余裕を見せるナマエに酷くいら立っているようであった。


「お前の目の前で親族か恋人でも殺せばその生意気な顔は苦痛にゆがんでくれるでしょうかね」
「それは無理よ。だってわたしに家族はもういないしわたしの好きな人はあなただもの。アポロ様、自殺でもするおつもり?」
「………不愉快な娘だ、お前はコトネよりも無惨に殺してやる」


 悪の娘が、
 アポロは吐き捨てるようにそう言うとアテナを残し牢を出て行ってしまった。

 残されたアテナは何もしゃべろうとせず牢にはただ沈黙が続いた。


「あら、あなたも何か恨み事でも言いに来たの? だったらごめんなさい。わたしあなたのような愚民の顔なんていちいち覚えてないの」
「…………」


 話しかけられても対応せず、何も言わずにアテナはナマエを見つめていた。その表情に色は無くナマエを見定めるような目つきをしていた。その視線から逃れたいのかナマエはアテナに侮蔑の言葉を投げかける。


「今のうちにわたしの顔でも刻みつけようっていうの? 愚民に見られてるって思うと寒気がするからやめてくれない、不愉快よ。それとも口がきけないとか? あはっ、まるで家畜ね!」
「………ねえ、あなた」
「なによ」


 ようやくアテナは口を開いた。已然としてその両の赤い目はナマエを見据えたままである。



「その顔、似合ってないわよ色男さん?」

「……なにいってるの? わたしは女よ? そんなことも分からないくらい馬鹿なのかしら」


 ナマエの背にひやりとした汗が伝う。
 一瞬だが動揺してしまった。悟られぬように視線を外したが、その一瞬をアテナは見逃さない。


「だったら隠し忘れているものがあるんじゃないかしら?」
「っ! そんなはずは……!」


 目を見開きバッと目の下に手をあてて黒子のある位置を隠した。

 もうそこには傲慢な王女の姿は無く、“ナマエに変装したラムダ”がる。

 その様子を見てにこりとアテナはほほ笑んだ。


「――やっぱりあの時の召し使いだったわね」
「はっ………?」
「カマをかけたのよ」
「ふ、はは………良い性格してんだな嬢ちゃん、どこでわかったんだ?」
「ほんとになんとなく感じた違和感よ。以前あった時とはどこか違う気がして……思い出してみたらあの召し使いが変装得意だって言ってたから、もしやと思ってカマかけたら大当たりってわけ」
「うげ、女の勘ってやつ? ……で、どうすんのよ嬢ちゃんは。俺が偽物だって気がついたのをさっきの王子とかに言うのか?」

 
 もはやナマエでいるつもりはないようだった。ばれてしまったのなら仕方がないといった風にもとのラムダの口調に戻る。
 表面上はへらへらと笑っていたが、内心は全くと言っていいほど穏やかではなかった。
 アテナに自分が王女ではないとばれてしまった以上、本物のナマエに追手がかかる可能性が非常に高いからである。見つかったら確実にナマエは処刑、逃亡の手助けをした彼もただでは済まないだろう。それだけは避けなければならない。


「どうしようかしら、あなたには助けてもらった恩もあるし……」
「このままにしてくれねーかねぇ」
「じゃああなたがどうしてそこまであの子を庇うのか正直にいったら見逃してあげる」
「ははっそんなのわかってんだろ、王女様に尽くすのは召し使いの義務ってもんだろうに」
「それは建前でしょう? やっぱりあの子が妹だからなの?」


 アテナのその一言にラムダは目を見開き固まる。


「どうして、それを知ってんだ」
「人の口なんて軽いものだからね。箝口令強いたっていつかはばれるわよ。まぁ最初は信じていなかったんだけど……その反応を見る限り本当のようね」
「うーわ俺、嬢ちゃん苦手かもしれねぇ……」


 手で目を覆い、心底困った様子でラムダは言った。


「じゃあ嬢ちゃんには正直に言うけどよ」


 ひどくラムダは冷たい声でアテナに答えた。その様子に少しだけアテナがひるむ。いつものへらへらとした笑いも飄々とした態度も取り去ったラムダは、ひどくおそろしかった。


「最初っからあいつはあんな我が儘じゃなかったんだ。それを変えたのはまぎれもねぇ俺たちだ」
「……あなたたち?」
「そ、俺たち大人。あんなに幼い子供をこの国の頂点にあげてまともに政治なんてできるわけないだろ。それをわかっててあいつを王にしたんだよ。あいつが政治をできないなら他の大人が全部やるだろ。政権さえにぎっちまえばあとはやりたい放題できる。金だってなんだってな。ナマエはその被害者なんだよ、俺たち大人の勝手な都合であいつはあんなふうになったんだ!」


 最初は呟くように話をしていたラムダだったが最後の方には気が高ぶったのか声を荒げ叫ぶように言った。


「悪いことを指摘されないやつがどうやって悪いことをしてるって気づくってんだよ!
 それなのに今では全部悪いのはナマエ扱いだろ!? ふざけんな! 寄生するだけしといて立場が悪くなったら手のひら返して捨てやがる、あいつらは……!」


 少し落ち着いたのかラムダは先程のように声を荒げることはしなかった。その様子をアテナは黙って見続ける。


「………今まであいつに兄らしいことなんて一つもしてやれなかった。あいつは俺に“家族”であることを求めてたのに」


 ――――敬語はやめてって言ったじゃない
 ――――でも俺は召し使いなんだよ、ナマエのほうが偉いんだから


 何度ラムダがそうしてナマエとの距離をとっただろうか、ナマエは無意識だったのだろうがラムダとの壁を取り去りたかったゆえのことだった。


「これはただの俺のエゴなんだ。ただ自分が満足したいからやってるだけのこと。最後くらい、あいつの兄らしくしてやりてぇんだよ」
「…………なるほどね」


 今で黙っていたアテナはようやくその重くなりかけていた口を開いた。


「で、嬢ちゃんはどうする気?」
「そこまで言われてばらすような外道じゃないわ、あとその嬢ちゃんっていうのやめてくれない。私そんな年じゃないわ」
「ありがとな、えーっと……」
「アテナよ」
「アテナか。いい名前だな」
「……やっぱりあんた私の旦那の次にいい男よ、もっと前にあってたら惚れてたかもしれないわ」
「そりゃどーも、あとアテナに一つお願いがあるんだ」
「何?」
「三時以降の俺のこと頼んでいいか? もしもって場合があるからよ」
「………いいわ、引き受けましょう」
「マジで助かる、アテナもかなりのいい女だな」
「ありがとう、それじゃ私は準備があるから」
「………おう」


 アテナが牢屋から出でいくころ、広間には銀色に輝く大きな刃が設置された。

 三時に近づくにつれ大広間には多くの人々が集まりつつあった。


 大きな音を立て、協会の鐘が二回なる。



* * *



「ラムダ!!」


 がばっとナマエは身を起して叫んだ、肩を震わせさきほどまで起こっていたはずのことを思い出す。
 見渡せば全く見たことのない家のベッドに寝かされていた。


「え……ここは……」
「俺の家だ」


 声のするほうを見るとラムダの友人と言っていた1人の青年がいた。彼にナマエは酷く焦った様子で訪ねた。


「ラムダは、ラムダはどうなったの!?」
「……ラムダなんて人はしらねぇが、いま街中は大騒ぎだ。王女が捕まって午後三時には町の大広場で公開処刑されるってよ」
「―――!」


 時計を見ればもうすぐ二時。ばっと身をひるがえし、ナマエは外へ飛び出そうとした。それをあわてて青年は腕をつかみそれを阻止する。


「待てよ!そんな格好ででたらお前が本物だってばれちまうだろ!」
「離して! ラムダが、ラムダが死んじゃう!!」
「っこの!」


 パンッ!

 乾いた音が部屋にひびいた。青年がナマエの方を叩いたのだ。ナマエは頬を押さえ、何が起こったのかわからないといった表情をする。


「な、なにす」
「いい加減にしろ!! 誰のせいでこんなことになるんだと思ってるんだ、全部お前のせいじゃねえか!」


 ぼろりと青年の目から大粒の涙がこぼれおちた。
 
 彼女にとって叩かれるというのは生まれてはじめての経験だった。ただ唖然とし、自らの頬を抑えながらその様子を眺める。


「お前が……いまさら言って何が変わるんだよ……、あの人は覚悟きめてお前の代わりになったっていうのに、お前が水さしてんじゃねえよ!」
「………」
「なんでラムダさんがお前の代わりなんかに……俺だってお前なんて助けたくなかったよ! あの人に生きててもらいてぇよ! ……でもラムダさんはそんなこと望んでねぇ。お前に生きててほしいって……」


 いつの間にかナマエの頬にも透明な雫が伝っていた。それをみて青年は涙をふき、キッとナマエを見据えた。

「今すぐ着がえろ、そして大広場に行くぞ」
「え……でも大広場って」
「ラムダさんの処刑がもうすぐ始まる、急げ」
「や……やだ! ラムダの死ぬとこなんて見たくない!」
「甘えてんじゃねえ!」


 青年は涙を流し続けるナマエに叫んだ。その声にナマエは体を強ばらせる。


「ラムダさんにはすぐ逃げろって言われてたけど……
 お前はあの人の最後を見届けなきゃならねえ、そう思うんだ。絶対にお前が本物だってばらすなよ。早く、行くぞ」


 ナマエを一室に残し、青年は出ていった。
 それをみてナマエはラムダからもらった服を、無意識に握りしめていた。

 大きな音を立て、協会の鐘が二回なる。



あと一度そして了
 (2010807)


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