悪ノパロ | ナノ
 王宮の前には多くの人々が集まっていた。
 その大半は怒りを積もらせた黄ノ国の民であるが、他にも壊滅させられた緑ノ国に友人や親戚、恋人がいた者。黄ノ国に弾圧されていた近隣の小国。青ノ国より送り込まれた兵士たち。いずれもナマエに怒りを覚えるものたちである。
 そしてその群衆の頂点にたつのは赤い鎧を纏った女だった。


「今日、我等は黄ノ国の王宮に攻め込む!」


 高らかに女は叫んだ。その声には表しようのない怒り、哀しみ、猛り……様々な感情がこもっているようである。その声に人々は耳を傾ける。


「もう王女の理不尽な命令には耐えられない!我等の幸を搾り取るあの娘に天誅を下すのだ!」


 女の放つ言葉に群衆は歓声をあげる。烏合の集であった彼らの意思は、王女への憎しみという感情に引かれ、一つに纏まりつつあった。


「長年の戦に疲れた王宮の兵士たちなど我等の敵ではない!我等の力で腐ったこの国を建て直そう!」


 赤き鎧の女―――アテナは手に持っていた剣を空高くに突き上げた。それにつられるかのように周りの群衆も手にしている武器を上にあげる。
 彼らの団結力は固く結ばれる。
 


「目指すは王女、いやナマエの首だ!!」


* * *


「あーあ……こりゃ無理だな」


 ラムダは無感動に外に集る人々を見た。いまはなんとか防いでいるものの、王宮に入ってこられるのは時間の問題だ。他の家臣たちも皆逃げ出してしまい、この黄ノ国が崩壊するのも目前だろう。


「“いじわるな王女様は捕まり処刑されました。そのあとに優しい王様がこの国を納めて、みんなは平和に暮らしました”……ってか?」


 からからとラムダは笑い、天井を仰ぐようにしてふーと息をはいた。
 ぴたりと動きを止めたかと思えば、ラムダのまとう雰囲気ががらりと変わった。


ふざけるな


 ぼそりと呟きラムダは歩みを進めた。いま自分にはやるべきことがあるのだと。

 彼は運命など信じない。ただそこにある必然に抗うべく、逆らうべく、ただ進むだけなのである。


* * *


「ナマエ逃げないのか? ここもじきにあいつらが来るぞ」
「あら、まだいたのラムダ。他のやつらみたいに逃げたかと思った。
 ……じゃあ逆に聞くけどわたしが逃げられると思ってるの? もう逃げ場なんてどこにもないじゃない!」


 ナマエは自室の大きな窓から外を眺めていた。長いカーテンの裾をつかみながら、ラムダの方などちらりとも見ずに叫んだ。
 彼女の表情には絶望の色が滲み出していた。その瞳にはもうどうしようもないという諦めと、必死に隠そうとしている恐怖が宿る。

 いま、ナマエを守るものはなにもなかった。王国の権力も、部下の力も、本来持ち得た凛々しさも。
 かろうじてのこるのは、虚勢と意地。その二つだけがナマエの自我を保っている。


「大丈夫、お前は逃げ切れるよ。俺が保証する」
「っあんたねぇ!! 何を根拠にそんなこと―――!」


 ラムダのいったその言葉に激怒し、ナマエは振り返った。それはもはや八つ当たりとしかとれない行動である。
 だがナマエは振り向いた後にその怒りすら忘れるくらい驚き、言葉を失う。


 そこにいたのはラムダの声をした自分の姿。


 ナマエは鏡を見ているかのような錯覚に襲われる。目の前にいるのは自分ではないのかと。

 だが見た目は完全にナマエなのだが、ラムダ特有の雰囲気と目の下にある黒子が二人の存在を隔てていた。


「ラム、ダ? その格好」
「あーあーなにも言うな。ほらこれ貸してやっから。俺が使ってた召し使いの服だからちょっと汚いけど我慢してくれ。これ着てさっさと逃げろ。
 そろそろさっき呼んだ俺の友達が来るからそいつに逃げる手助けを―――」
「なんで………! なんでそんなこと!!」


 半ば一方的に話を進めようとしていたラムダにナマエはしがみついた。その様子を見てナマエの顔をしたラムダはにっ、と笑った。
 その笑いはラムダにしか浮かべられない人懐っこいものであり。ナマエの顔でいるからかどこか違和感がある。


「大丈夫、俺は変装の達人だぜ? きっと俺がお前と入れ替わってるなんて誰にもわかんねぇよ」
「そんなこと言ってるんじゃない!! 貴方、まさかわたしの―――」

 ナマエが声を張り上げた瞬間、バン! と大きな音をたててドアが開いた。二人はびくりと肩を震わせその方向を見た。


 あいつらが入ってきたのか?
 嘘だろ、いくらなんでも早すぎる―――


「ひゃひゃひゃ、同じ顔がならんでやがる! 面白れえ! んで、どっちがホンモノの王女でどっちがニセモノの王女だぁ?」


 二人しかいないはずの空間に突然登場した人物。彼の登場に驚き目を見開くナマエとどこか安堵したようなラムダの表情が対象的であった。


「おーよく来たな。ちゃんと入ってこれて安心したぜ」
「ひゃひゃひゃ! ずいぶん口の悪い王女様Aだな!」
「うるせえな今ぐらい良いじゃねえか。
 んじゃナマエ、こいつについてって逃げろ。着替えて顔と頭隠すの忘れんなよ。早くしねーとあいつら入ってくるぜ」
「いやだ! ラムダも一緒に逃げよう! そんな格好でいたらラムダが、ラムダが―――」


 ナマエがラムダの服にしがみついて懇願する。その目には溢れんばかりの涙がたまっていた。その様子を見てラムダは悲しげに、困ったように笑い


「――――それは無理なんだよ。ごめんなナマエ、お別れだ」


 そういって素早くナマエの鳩尾を殴った。
 小さく呻き、ナマエは意識を手放す。力の抜けた体をラムダはゆっくりと持ち上げ友人に渡した。


「ナマエをよろしく頼むな、ちゃんと逃がしてやってくれよ」
「………なぁラムダさんやめようぜこんなこと。
 今ならまだ間に合う、こいつを置き去りにしてそのままにすりゃあいいんだ。そしたらあんたが身代わりになることなんか――――」
「おいおいメイクこんなにがんばったのに、やなこというねぇ。すばらしい俺の努力無駄にしないで頂戴な」
「はっ………オレはあんたのそういう本心隠すとこが一番嫌いっすよ」
「俺はお前のそういうまっすぐなとこが一番好きだぜ? だからナマエのこと任せられんだけどな」


 ラムダは無意識のうちに自分の胸元を探りタバコを探す。そしていまはナマエの服であるからタバコを持っていないことに気がついた。


「やべ、タバコ吸おうとしちまった……」
「中毒っすねぇ。あ、オレ持ってるけど、吸います?」
「いやいい。タバコ臭い王女何て変だろ」
「ひゃひゃひゃ、そりゃそうか」
「………雑談もこれくらいにしようや、もう行け」


 ラムダはそういうと目の下にある黒子を隠す。あーあー、と声の調子を調え完全に“ナマエ”へと変貌を遂げた。


「………じゃあ、“王女様”。オレは友達つれて逃げるんでさっさと捕まって下さいね」
「ええ、さっさといきなさいこの愚民。今日中にこの国を出なさい、貴方がここにいるだけで気が滅入るの」


 くすくすと笑うそこに、もはや“ラムダ”は居なかった。まるで最初からそんな人物など居なかったように、“ナマエ”が存在する。


「じゃサヨナラ」
「ああちょっと待ちなさい」
「なんなんすか……茶々いれないでくださいよ」
「今回の褒美だそうよ、受け取りなさい」


 少々苦笑いを浮かべながら青年はドアの前で振り返る。
 するとヒュン、と何か金色の物体が投げつけられ彼はそれを掴む。

 その物体はラムダが大切にしていたライターだった。いつも肌身離さず愛用していた物だ。
 それに気づいた青年はくしゃりと顔を歪ませる。


「ッ……反則でしょうが、こんなん……」
「それを持っていたやつからの伝言よ、伝えてあげるわたしに感謝しなさい。 《そのライター俺様の大切なもんだから、無くしたら殺す》だそうよ?」
「じゃあオレからも伝言頼んます。 《ぜってー無くさねえから生きて帰ってきやがれ。来なかったら百回殺す》」
「あら、わたしがそれを伝える義務はあるの?」
「………そっすね、んじゃ時間も押してるんで改めましてさよならっと」


 振り返らずに走り出した彼の耳に小さく「ありがとな、あばよ」という声が聞こえた気がしたがきっとそれは空耳だったのだろう。

 この場にそんな口調の人間など居ないのだから


* * *


「王女、いや反逆者ナマエ覚悟しろ!」


 ついに王宮に入り込まれ、王女は捕らえられた。
 先頭を切っていたアテナがナマエの腕を掴み縛り上げる。
 その瞬間ナマエは声を荒げ抵抗した。

「この無礼者! わたしを誰だと思っている!」

 依然として変わらない傲慢な態度に周囲は顔をしかめた。
 もうお前を守るものなど何もないというのに、と。


「あなたを牢屋に入れる。処刑は明日にでも執り行うわ」
「王女を殺すなど、正気の沙汰か!」
「………もうあなたは王女じゃない。行くわよ」


 アテナはぐい、と無理やりナマエを立たせ王宮の地下にある牢屋へと連れていった。
 アテナ達は依然として騒ぎ続けるナマエを無理やり牢に放り込み、王女を捕らえたことを他の者に伝えようと足早に上の階へと上っていった。



 ―――くくっ
 鍵をかけその場から離れたその刹那。
 王女の口元が不自然に歪み、喉をならせたことにはアテナも他の人間も誰も気づかなかった。


 今日も変わらず協会の鐘が大きな音を響かせている。
 明日は王女の公開処刑。

 ゴーンと鳴る鐘の音は孤独な牢屋にもしっかりと届いていた。



鳴り響く警鐘
 (2010807)


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