ラムダが黄ノ国に帰って初めて見たものは、ナマエに何かを真剣に訴えている男と、それをその後ろで心配そうに見ている女だった。
「王女様!わたしにはできません!」
「なにいってるのよ。わたしに逆らうつもり?」
「しかしわたしには緑ノ国に友人がいるのです!彼や彼の家族を殺すことなど出来ません!!」
なんて、馬鹿なことを。
王宮にいる誰もがそう思った。王女に逆らった者の末路なんて何度見たことか知らない。
ナマエはその男を心底侮蔑するような目で見ながらふぅ、と息を吐いた。
「……そう。じゃあ貴方に質問するわ。一回しか聞かないからよく考えてね」
「………?」
「自分の命と友人の命、どちらを取る?」
「―――!」
男と後ろの女が息をのみ込んだのがわかった。
男は顔面蒼白になりながらゆっくりと下を向いた。そして、ぐっと唇をかみしめ――
「わたしは友人を殺すような人間にはなれません」
強く、そういった。
その発言に周りからどよめきが起こる。後ろで見ていた女も男のもとに駆け寄り、説得を試みているようだった。
だが男は意見を変えることはしなかった。
「じゃあお望みどおり貴方を殺してあげる。連れて行きなさい」
「待って!!」
ナマエの指示で男が連れていかれる。
それを先程から見ていた女が必死に止めようとしていた。
ラムダはその女のそばに行き、男から引き剥がす。
このままだとこの女もナマエの気にさわり殺されかねないからである。
もう、本当は誰にも死んでほしくなんてなかった。
「やめとけ、お前も殺されるぞ」
「でもあの人が……!」
『大人しくしなさい。無駄死にしたいのですか』
「―――!?」
ラムダがあの男の声でそう話しかけると目を見開いて女はばっとこちらを振り向いた。
「いまの、声」
「俺様モノマネ得意なんだよ。驚いたか?」
「ええ………」
その隙に男は奥へと連れていかれ、もう姿が見えなくなってしまった。
女はそれに気づくとぼろりと大粒の涙を見せながら崩れ落ちてしまった。
「……後で王宮の外まで連れてってやる。お前まで殺させねぇから安心しろ」
ラムダはそう女に言うとナマエの元に駆け寄った。
「あらラムダ。お帰りなさい」
「………ただいま」
「うまくあの女を殺せたかしら?」
「……ああ、ちゃんとやってきたよ」
「ならよかった!」
屈託のない笑顔でナマエは笑った。
ラムダはそれに苦笑いしかできなかった。
すると他の神官からナマエに質問が上がる。
「王女様」
「なに?」
「国民の方からもう食べるパンがないと訴えが多数寄せられているのですが………」
それをナマエはきょとんとした様子で聞いていた。
「なにいってるの、そんなの簡単に解決できるわ」
「……?」
「パンがないならおやつを食べればいいじゃない」
ぽかんとした神官の顔が見える。
それを聞いていた先程の女も同じような表情をしていた。
そのとき教会の鐘が三回なった。
3時を告げる鐘の音が。
「あら、おやつの時間だわ」
ナマエはいま話していたことをすべて忘れたかのようにそう呟いた。
「ラムダ今日のおやつは何?」
「あ、ああ………今日のおやつはブリオッシュだよ」
「やったぁ!わたしあれ大好き!はやく部屋に持ってきてね!」
ぱたぱたと足音を立ててナマエは自分の部屋へと行ってしまった。
ラムダはナマエがいなくなったのを確認すると女のもとに行く。
「待たせたな。行くか」
「…………ねぇ、あなた1つだけ聞かせてくれる?」
「なんだ?」
ラムダにつれられ王宮の外に向かう途中、女はうつむきながらそうぼそりと呟いた。
うつむいているからかその表情をうかがうことができない。
「王女にとって……人の命より、民の生活より、大切なのって………自身のことなの?」
「………それは」
女の質問にラムダは答えられなかった。
それは何よりの肯定を表していて。
「………」
「そうなの。あの人より王女にとってはおやつのほうが大切なのね」
「………ほら外だぞ」
露骨に話をラムダは反らした。そして「悪かったな」とそういって女を王宮の外へ出した。
王宮の外に残された女はぎりっと歯を食い縛り、涙を流した。
「絶対に……絶対に許さない……!」
くしくも、それは。
青ノ国の王子と同じナマエへの憎悪の感情であった。
その後、その女は赤き鎧を身に纏い青ノ国の王子へと会いにいった。
大事な人を殺した憎くてたまらない王女への復讐を願い。
そして赤と青は黄色を倒すために互いの手を取り合った。
黄ノ国の崩壊まで、あと少し。
物語は終焉へ
(20100606)[*prev] [next#]