「あーあ、めんどくせえ……」
いまラムダは隣の国にきている。大臣に『この書類を隣の国の王宮に届けてきてください』といわれたからだ。要するにパシリである。
あの大臣人使いが荒すぎだって。そんなことを考えながら城下町の市場に足を運ぶ。
市場につくと人々の活気に溢れていた。自分たちの国とは大違いだ、と思いながら回りをみわたす。
するとはた、と1人の少女に目が止まった。
青い髪の男と一緒に歩く、緑の髪を2つに縛ったかわいらしい少女。楽しそうに喋る彼らを呆けるようにみると、その少女がこちらを向いてにこりと微笑んだ。思わず顔が熱くなり、驚いたひょうしに思わずラムダは持っていた書類の入った封筒を落としてしまった。するとその少女はたたた、とこちらにきて封筒を拾い上げてくれた。
「はい、どうぞ!」
「あ、ありがとよ」
「どういたしまして!」
緊張であまりうまく舌が回らなくなったラムダに、先ほどの眩しい笑顔をむけ、青い男のほうへまた走っていってしまった。
「どうしたのです?」
「困ってた人を助けてきたんです!」
「そうですか。コトネは優しいですね」
「えへへ、アポロさんに誉められちゃいました!」
そんな会話が耳に入る。コトネというのか、あの子は。……どうやら俺はコトネに一目惚れをしてしまったらしい。あの笑顔が頭から離れない。ナマエの笑顔とは質が違う。例えるならば、ナマエは薔薇でコトネはひまわりってとこか。……なんだか照れくさいな。
まあ、あの男が彼氏なのだろうから、報われないのはわかるが。儚い恋だなあ。そんなことを考えながら、ラムダは早急に王宮に行き、自分の国に戻った。
* * *
「いまなんて、言った?」
「ですから、この女を殺してきなさい。と言ったのです」
ラムダが自分の国に戻ると大臣に呼び止められた。なんだよ届けものならしっかり届けたぞ。そう思い大臣に近づくと「また貴方に頼みたいことがあるんです」と言われ、ひくりと青筋をうかべた。
だが、その後に大臣の口から発せられた一言に脳がゆさぶられるような感覚に襲われる。
「この写真の女を始末してきてください」
大臣が持っている写真には見覚えのある緑の髪。なんで、なんで――
コトネの写真なんだ
「どうして、この子を?」
「いえ、王女の命令ですよ。王女が好きになったという青ノ国の王子、名前はアポロとか言いましたっけ。あの王子に婚約を申し込んだところ『もう許嫁がいる』と断られてしまったんですよ。王女はひどく憤慨していましてね。そして私を呼び出してこういったんですよ。
―――あの女さえいなければ
―――あの女の国さえなければ
―――ランス、命令よ
―――緑ノ国を滅ぼしなさい。
とね」
「……それを、実行するのかよ。その子1人だけでなく国も滅ぼすのか?」
「おや顔が青いですよ? 怖気づいたんですかラムダ」
ひどく冷たい表情を浮かべながらランスは「情けないですねえ」と鼻で笑った。何を言っているんだこの男は。気持ちが悪い。吐き気がする。こいつに生物としての血は通っていないのか? そう思うくらい冷たい笑みだった。
「私たちの親愛なる王女の命令です。逆らうことなどできやしません。
……ここで私も王女に誠意を見せなきゃならないんです。
―――お前の髪の色もあの女と同じ緑色ね
―――不愉快よ
と、そう言われしまったんですよ。髪の色が同じだけで打ち首になるのは避けたいですからね。
では私たちは今日中にでも緑ノ国に攻め込みます。その娘の始末は任せましたよ」
ランスはそういうとカツカツとブーツの音を響かせて行ってしまった。
頭の中でランスの言葉がぐるぐると回る。
「ははは……」
王宮の壁にとん、と背中をつけるとそのままズルズルと床にへたりこんだ。
頭の中で「王女の命令は絶対だ」と言う声と「コトネを殺したくない」という声とという2つの声がした。
だが俺の中にある優先順位はナマエの方が上でありナマエの為に俺が生かされているということから、頭の中にあった声のうち、「コトネを殺したくない」という声がぷつりと消える。
「神様っていうのがいるんだったら是非とも顔を拝んで見てえよ……」
誰に言うわけでもなくそう呟き、俺は自分の運命を呪った。
俺は誰を恨めばいい?
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