とある名もなき魔女の話 | ナノ
 あの日から、あの子とラルトスは一度も来なくなった。今までは一度も欠かさず来ていたのに、もう何日も顔を出していない。
 具合の悪いと言っていたニンゲンの世話が大変でこちらに来れないのだろうか。それともあの子かラルトスが風邪でも引いたのだろうか。それともニンゲンどもにいじめられて怪我でもしたのだろうか。姿を見られないようにしながら町のほうに行ってみようか……。少し顔を見ていないだけで心の奥底から不安が滲み出てくる。心配、しすぎだろうか。ただの杞憂であればいいと思う。
 しかしそんな不安は、さいごに会ったあの子達の言葉と笑顔によって吹き飛ばされる。

 ――また明日遊ぼうね!

 そうだ。何を考えていたのかしら。あの子達は来る。今はきっと来られない事情があるだけだ。ワタシは待っていればいい。そうだ、ちょうど暇だし、歌の練習でもしてよう。次に来たときにもっと喜んでもらえるように。
 小さくメロディを口ずさみながら、まぶたを閉じる。今までの幸せを思い出し、ほんの少し笑った。そしてゆっくりとまどろみの中に落ちて行った。


* * *


 目を覚ましたのは、眠ってから数時間後のことだった。違和感を感じ体が反応している。今はすっかり日が落ちて、あたりは宵闇に包まれていた。
 森が、ざあっと声を上げる。空気から伝わる乾いた植物が燃える匂い。土から伝わる多くの振動。この感じには覚えがある。
 
(……ニンゲンだ。ものすごい数、前に来た時より全然多い)

 「魔女退治」の続きでもやろうというのかしら。相も変わらずおめでたい連中だこと。数を増やしても無駄だというのに、だいたい前の1回で無駄だということがわからなかったのかしら? だからニンゲンは嫌いなのよ。そろいもそろって馬鹿ばかりじゃない。いつの時代も変わらないわね。……でも、今あの子達がいなくてよかった。もしここにいたらあの子達まで危ないもの。
 すると、ある1点でニンゲンたちの動きが止まった。がちゃがちゃと堅いものの擦れる音が風に乗って流れてくる。待ち伏せでもするつもりなのだろうか。

(面白いじゃない。その誘い、乗ってあげるわ)

 ワタシは闇の中を泳ぐように、ニンゲン達の集まっている場所へと向かっていった。
 風が流れるたび木々が邪魔をするように前に出てきた。気にも留めず前へ前へと進んでいく。

 森全体が大きく唸るようにざわついていた。


* * *


 ニンゲン達は野原のような場所に集まっていた。100人以上はいるだろう。村の者だけではない、と思う。さすがに数が多すぎる。他の村から援軍でも呼んだのだろうか。無駄な事をするのがほんとにすきね。
 よく見るとニンゲン達は全員武装していた。鎧のようなものを着込み、手には多くの武器を持っている。その中には十字架や杭、水の入った瓶(おそらく聖水とか呼ばれるものだろう)、を持った神父。しまいにはニンニクを持っているニンゲンもいる。……吸血鬼か何かと混同してるんじゃないかしら。そんなもの持ってくるなら、大勢のポケモン連れてくればよかったのに。そっちのほうがはるかに怖いわよ。本物の"魔女"には効くのかもしれないけど、ワタシは紛れもないポケモンだもの。
 
(もう2度とこの森に近づかないように、今度こそ完膚なきまでに叩きのめしてあげる)

 正面からいっても無駄に体力を浪費するだけだ。この暗闇に乗じてまとめて叩いてしまえばいい。そう思って距離を近づけると、ニンゲン達のリーダーと思わしき1人のオスが前に出てきた。手には小さな麻袋を持っている。武器でも入っているのだろうか。それにしては中身が軽そうに見える。
 するとそのニンゲンは大声で何かを語り始めた。

「この森に古より住まう魔女よ! 此度は主の退治に参った! 主が如何にして足掻こうと無駄である、大人しく降伏して姿を表せ!」

 ……ツッコミ待ち? 真顔でボケられてるわけじゃない、はず。一言でよくもまあそこまで頭悪い発言できるわね。
 まずこのニンゲンは狙い撃ちされたいのかしら、そんな前にでたら狙ってくださいって言ってるものじゃない。見たところこの集団のリーダーっぽいし、そいつが一番最初にやられたらどうしようもないってことわからないとか? それに武装集団が来てどうやって間違えるのよ。なにしにきたかくらい言われなくてもわかるわよ。「仲良く夜中のキノコ狩りに来たんですよね。いやあ本当にニンゲンは元気ですね」とでも言えばよかったのだろうか。……ありえない。それにわかってはいたけどそんな宣言してどうするのよ。「では退治してくださいお願いします」って出ていってほしいとか思ってたりするのかしら。それになによその根拠の無い自信。なんでワタシが負けること前提なの。数で勝てると思ってる、いや十字架で勝てると勘違いしてるとか。
 こんな間抜けな連中になんて付き合ってられない。そう考え始めた時だった。

「……姿を見せる気は無いのだな。ではこれをみろ、お前の仲間だろう。すぐにお前もこうなるのだ。……では皆の衆、魔女退治の用意はいいか!」

 大きな雄叫びが森へと反響する。そして指揮をとるニンゲンは手に持っていた麻袋を無造作に放り投げた。口を閉じられていない麻袋は数回転がり、反動で中味が飛び出してしまった。中からは黒ずんだなにかが飛び出してくる。
 
 考えるより先に体が動いた。

 気が付くとワタシは飛び出していた。

「魔女がでたぞ、囲め!」
「絶対に逃がすな!」
「あれを使うぞ、構えろ!」

 囲むようにニンゲン達が散らばる。わあわあと騒がしい雑音が溢れる。でもそんなことは全く気にならなかった。ワタシの意識は麻袋に集中していた。正しくは、麻袋の中身に。そこにいたのは、紛れもなく。

 いつもよく見ていた、ラルトスだった。





 (20110326)

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