とある名もなき魔女の話 | ナノ
 いつものようにトレーニングをし、休憩していたときのことだ。

 普段ならはしゃぎながらワタシたちに話しかけてくるはずのあの子が森の入り口の方を無言でじっとみつめている。様子がいつもと違うことに気がついたワタシとラルトスは首をかしげながらあの子を見つめた。

「……あっちから人のこえがする!」

 突然あの子はそう言って入り口の方に走っていってしまった。あまりに唐突だったので、取り残されたワタシたちはただ呆然するしかなかった。

(ねぇムウマージ、ニンゲンの声なんて聞こえたかな?)
(そんなこと言われてもワタシだってバトルするのに夢中だったから、わからないわ)
(うーん、とりあえず行ってみようか)
(……そうね)

 ワタシたちは急いで先にいってしまったあの子の後を追いかけたのだった。


* * *


 森の入り口へ行ってみると確かにそこにはニンゲンがいた。体が大きい、オスのニンゲンである。そのニンゲンはケガしているようで、足から血を流している。そのそばであの子が血を止めようと必死に布をあてている。
 う、う、とニンゲンのうめき声だけが森に反響していた。

「どうしよう……どうしよう……」

 止血を続けながらあの子がぶつぶつと呟く。はやくあっちに行こう、とラルトスがワタシを促した。でもワタシは動かない。

(どうしたの? はやく行かなきゃまずいよ)
(ワタシが行ったほうがまずいことになると思うわ……)
(えっ、なんで?)
(………本来ワタシはニンゲンと相性が悪いのよ。前にワタシが姿を見せただけで「魔女だ」って叫びながら暴れだした奴だっていたわ。逃げようとしたみたいだけど。今暴れられたらあの子だって危険でしょ)
(魔女ってなに? ムウマージは魔女なの?)
(違うわ、ワタシは魔女じゃない。だってワタシはポケモンだもの。あのね、世界には魔女っていう生き物がいるらしいの。それでその魔女っていう生き物はニンゲンたちにすごく嫌われてるの。不幸とか、災いとかをもたらすんだって)
(ふーん……じゃあムウマージは魔女と間違えられてるの? 違うなら違うって言えばいいのに)
(ニンゲンにどうやって言葉を伝えるのよ。第一ワタシをみたら逃げようとするのに、無理な話よ。……とにかく、ワタシは遠慮しとくわ! 後ろから見守ってるからあんただけで行ってきなさい!)

 適当にラルトスをはぐらかして近くの影の中に潜んだ。最初はワタシを見つけようとしていたラルトスも、ちょっとしたら諦めたのか草むらから出ていった。

「あ……ラルトス!」 

 泣きそうな顔であの子はラルトスを呼んだ。ニンゲンの傷は相当深いようで止血しているにも関わらず傷口からは血がどくどくと流れ出している。

「……血が、止まらない、の。きずが、深くっ、て」

 そういいながらあの子は真っ赤に染まった布に目をやった。対処の仕方がわからずに動揺しているようで言葉がうまく発せていない。
 ラ、ラルトスがんばって。影ながら応援してるわ! 本当にニンゲンが死にかけたら助けに行く……かもしれないから!
 ラルトスは動揺しているあの子をみながら、落ち着いた様子でニンゲンの傷口に手をやった。ぽう、と白っぽい光がそのニンゲンを包む。
 眩しい。暗闇に目がなれていたワタシは思わず目をつむった。ぼんやりと光が消えていくのを感じとり、ゆっくりと目をひらく。
 目を開けてみるとケガをしていたはずのニンゲンの足は、きれいに治っていた。よくみるとまだ少し肌の色が赤らんでいるものの、傷口はしっかりとふさがっている。思わずまばたきを忘れてニンゲンの足を凝視してしまった。どうしてケガが治ったの? いまのはラルトスがやったこと? どうやって?
 いくつかの疑問が頭をよぎったあと、1つの答えに行き着いた。
 いまの光は"いやしのはどう"。相手の体力やケガを治す技。きっとラルトスのレベルが上がったことで新しい技が使えるようになったんだ。

「え……いまのラルトスがやったの?」

 こくりとラルトスはあの子にうなずく。その表情はどこか誇らしげで、ワタシとあった当初のおどおどした感じはまったく見受けられなかった。一方あの子はラルトスを抱き抱えながらすごいすごいとはしゃいでいる。
 その2人を眺めながらちらりと横目にニンゲンを見る。どうやら貧血をおこして気を失っているようだ。……今なら出ていっても平気かしら。そう思いひょこりと草むらから顔を出した。

「あ、ようせいさん!」

 ラルトスを抱えながらあの子が話しかけてきた。どうやらすぐに居場所がばれてしまったようだ。気絶しているニンゲンを少々警戒しながらゆっくりと側に行く。ニンゲンが目を覚ましても速やかに逃げられるくらいの幅をとっておいた。

「あのね! ラルトスが今この人のケガ治したんだよ! よくわかんないけど光がぴかーってなってね……」

 あの子はワタシがニンゲンを警戒していることに全く気がついていないようだった。興奮しているあの子に適当な相づちを入れていると、じっとりとワタシを見ているラルトスと目があった。

(……本当になにもしてくれなかったね。ぼくちょっとムウマージのこと見損なったよ)
(け、結局ニンゲンは助かったんだからよかったじゃない! ラルトスがちゃんと治せたんだからワタシの出番なんて要らないでしょ!)
(そういうの結果論っていうんだよね……ふぅ)

 やれやれといった風にラルトスは小さくため息をついた。なによ! まったく、最近ほんとに生意気になったわね!
 べーっとラルトスに向かって舌をだす。そんなワタシたちの様子をみてあの子は首を傾げた。

「ラルトス、ようせいさん? どうしたのケンカ?」

 あの子はきょとんとした表情を浮かべていた。違うわ、ケンカなんかじゃないわよ。そう伝えようとあの子に気をとられた。
 その時。

「うっ……う……」
「あ、気がついた! あの、大丈夫ですか?」

 気絶していたニンゲンが目を覚ました。ゆっくりと顔をあげ、ワタシたちの方へと視線を投げる。
 しま、った。ワタシいま

「あれ、オレ助かっ……」

 先ほどまで合っていなかった焦点がワタシたちの方へと安定した。そのとたんニンゲンは目をかっと開いて大声で叫ぶ。

「う、うわああああ!」

 その大きな声にあの子とラルトスはびくりと体を震わせる。どこにそんな力が残っていたのかわからないが、ニンゲンはばっと立ち上がり逃げ出した。

 以前よく耳にしたあの言葉を叫びながら。

「魔女だ!」

 聞きなれたはずのその言葉。けれどどうしてだろうか。いつもとは違う感覚に襲われているのは。

 なぜか、ニンゲンの視線が、妙に気持ちが悪かった。
 後々考えれば本当に愚かな事。あのニンゲンさえ殺していれば、ワタシたちはずっと幸せだったかもしれないのに。
 あのニンゲンは、ワタシの方など見ていなかったのだ。視線の先にあったのは、あの子だった。




いやしのはどう【エスパータイプ:変化技】
いやしのはどうをとばして最大HPの半分相手のHPを回復する。


(20100220)

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