とある名もなき魔女の話 | ナノ
「そういえばね、ようせいさんにおねがいしたいことがあるの」

 ニンゲンとラルトスがこの森に来るようになってから数日たったころ、突然ニンゲンがものすごく真面目な顔でワタシに迫ってきた。な、なによ。いつもより顔が近いわ。いつもとは違う雰囲気に気圧されているとニンゲンはにっこりと笑いながらワタシの体を掴んだ。

「ようせいさんまえに歌ってたよね?」

 う、た?
 ぽかんとしているわたしを見ながらニンゲンは楽しげに続ける。

「はじめてあったときはようせいさんすぐにげちゃったから。気になってまたきたんだ。そしたらね、森のおくから音がしたの。なんだろうって行ってみたら、すごくきれいな声で歌うようせいさんをみつけたの!」

 え、え、え。
 歌ってるとこ、みられ、てた?
 思考回路がショートしかけているワタシを尻目にニンゲンはキラキラとした目で信じられない頼みをしてきた。

「その歌をきいてね、それでまたようせいさんに会いたいなって思ったんだ。それでね、またようせいさんの歌がききたいの。ねえ、歌って!」

 わああああああ!
 思わず悲鳴のような金切り声をあげながらニンゲンの前から逃げ出してしまった。
 きかれてたの? いつ!? 今まで歌ってるとこ聞かれたことなかったのに! あれは気分がいいときに口ずさむ程度の物で、自分以外に聞かせるためのものじゃ……あああなんなの恥ずかしい!
 がむしゃらに山の中を走り回ること数分。疲れてようやく頭が冷えてきた。あんなの言われたの初めてだから動揺しちゃったわ。もう、なんなのよ! 変なことばかり言うわねあのニンゲンは!

「ようせいさん!」

 ――――えっ。気がつけば目の前にはニンゲンとラルトス。思わずその場に硬直してしまった。あ、あなたたちいつここまできたのよ!

「ようせいさんにげちゃうんだもの……。いそいでラルトスにテレポートして追いかけてもらったんだ」

 そ、そう、テレポートね。ああはいはい。なにかしらこの脱力感。
 あんまりにも驚いたからまだ冷や汗が引かない。まったくワタシが驚かされる日がくるなんて!

(最初にあったときの逆だね)

 ラルトスがくすくすと笑った。………なんか最近可愛くないわね。むっとラルトスを睨んでいたらニンゲンがぽつりと呟いた。

「ようせいさん歌うのいやなの? いやならいいよ、わたしのわがままだし……」

 …………いやなわけでは、ないんだけど。恥ずかしいというかなんというか、その。……もうこの顔されると弱いのよ! こうなったら、やってやろうじゃない。いいわ、どうとでもなりなさい!
 ワタシは腹をくくって、すっと息を吸った。


* * *


「すごいよようせいさん! ほんとうに上手だね!」

 ニンゲンはパチパチと何度も手を叩いた。ラルトスもパチパチと手を鳴らしている。…………ワタシってどうしてあなをほるが使えないのかしら。いますごく埋まってしまい気分だわ。

「やっぱりそうだ……ようせいさんの歌をきくとなんだか幸せになれるの。きもちいい、やさしい歌。わたしこの歌もようせいさんも大好き!」

 ぱあっと効果音がつきそうな笑顔を浮かべながら。思わずぽかんと口を開けて呆けてしまった。

 この子は、もう……。
 なんて恥ずかしい言葉をさらっというのかしら。言われたこっちの立場にもなりなさいよ……
 でも、そんなこの子の言葉を恥ずかしいと思いながら、どこかに喜ぶ自分がいる。その事に気がついて少し顔を背けるとあの子は「そうだ!」と、急に叫んだ。

「あのね、わたしもう少し大きくなったらたびに出ようとおもうの。お母さんたちを探していろんなところにいきたいんだ。ねぇ、ようせいさん。あなたもいっしょに行かない?」

 あの子は楽しそうにそういった。その表情に以前の暗い影はもう見えない。心のケガが癒えてきてる。まだ完全に消えてはいないようだけど。

 少しだけ間を開けてワタシはあの子と目を合わせる。そしてこくりと小さくうなずくと、あの子はワタシに抱きついてきた。飛び付いてきたときに伝わるあの子の温もりに、思わず涙が出た。


* * *
 昔は誰かのために何かをするなんて間抜けなことだと思ってた。長い間ひとりで生きて嫌われるだけ嫌われて。そして誰にも気がつかれることなく消えていくんだと。その事に疑問すら抱いていなかった。

 でも今は違う。あの子達と一緒にいたい。楽しいことも。悲しいことも。嬉しいことも。嫌なことも。全部含めて、あの子達といたいの。流れ込んだ痛みも、共にいれば段々と癒えていくのがわかる。ひとりのときには感じなかった、温かな感覚。その温もりがいとおしくて。手放したくないと、心から思うの。幸せにしたいし、ワタシも幸せになりたい。烏滸がましい気もするのだけど。

 この日々がずっと続けばいいだなんて、本気で考えているのよ。



ムウマージ:マジカルポケモン(#429)
ムウマに闇の石を使うことで進化する。
呪文のようななきごえだが、まれに相手を幸せにする効果も秘めているという。


(20110217加筆修正)

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