「ラルトスがんばって、うしろうしろ!」
ラルトスとトレーニングを始めるようになってから数日が過ぎた。最初はものすごく弱かったラルトスも、ある程度は強くなり始めた。……まああくまでワタシ以下だけど。
「ちょっと休憩しようよ! はいラルトス。オボンの実だよー」
ニンゲンはにこにこと笑いながらラルトスにオボンのみを食べさせてあげている。異様にくたびれた様子のラルトスをみて少しだけ反省した。 ……やり過ぎたかしら。ラルトス最近強くなってきたから加減できなくなってきたのよね……
「ようせいさんもどうぞ!」
そんなことを考えているとはい、とニンゲンはワタシにもオボンのみを渡してきた。……ワタシ別にケガしてないのに。 でもあんまりにも嬉しそうな顔して渡してくるものだから、とりあえず受け取っておいた。………あって困ることもないでしょう。
「ラルトス強くなってきたねー。はじめはようせいさんのあいてにもならなかったのに」
"相手にもならない"という言葉に衝撃を受けたらしいラルトスをちらりと横目にみて、ぽんと頭の上に手をおく。 ………悪気はないわよ。だから落ち込まなくていいのよ、強くなってきたってば。もう進化してもおかしくないレベルだと思うし。
「ふふ、ラルトスとようせいさん仲良しだね!」
ラルトスを慰めていると、にこにこと笑いながらニンゲンはワタシとラルトスを抱きしめてきた。今ではこの行動にも、"妖精さん"という名称にも慣れてしまった。小さく諦めのこもったため息を吐き、ふとラルトスを見るとなぜか嬉しそうな顔でワタシをみていた。
(……なによ) (ううん。この子もきみも楽しそうだなって) (きみ"も"ってどういうことよ! まったくラルトスはときどきよくわからないこというわね! 次はもっと厳しくしてやるんだから!) そんなふうにいがみ合っていたら、突然ラルトスのツノが光りはじめた。
「ツノ光ってる。ラルトスうれしいの?」
ニンゲンの問いかけにラルトスはにこりと微笑んだ。 今ラルトスのツノは鮮やかなオレンジ色に光っている。最初みたときのような悲しみをたたえた青ではない。見ているものの心まで柔らかくしそうな、そんな暖かい色。最近ではラルトスがその色の光を放つことが多くなってきた。 ………なんだか怒る気が失せるのよね、これみると。
「ようせいさんとラルトスとこうしてるときがいちばん楽しいなぁ………なんだかおかあさんたちといるときみたい」
ニンゲンがそう呟くとラルトスのツノの光がふっと消えた。少し不安げな表情をしながらラルトスはニンゲンを見上げる。
「おかあさんとおとうさん、いつ来てくれるのかな………」
ニンゲンはぎゅっと下唇を噛みしめてうつむいた。抱きしめられた状態なので、必然的にニンゲンを見上げるかたちになる。下から見たその表情は酷く怯えているようにみえる。両親と離ればなれになったことを思い出しているのだろうか。
………仕方ないわねぇ。
こつん。 ワタシはぐぐっと体を伸ばし、自分の額をニンゲンの額とあわせた。その瞬間、額から嫌な感覚が流れ込んでくる。 きもちわるい、痛い。痛い。
あの後しばらくして気がついた。前にいたみわけをしたときにワタシに流れ込んできたのはこのニンゲンの"心の痛み"。あの締め付けられるような感じは、このニンゲンの悲しみなのたと。だからいたみわけをすればニンゲンの感情が流れ込んでくる。伝わる感覚は、どこまでも痛かった。ワタシが今までしたどんなケガよりも。でも、ワタシが痛みを負う代わりに、ニンゲンは楽になれるはずなんだ。
「ようせいさんありがとう………なんだかこうしてると安心する。やさしいおまじないだね……」
しばらくそうしているとぽつりとニンゲンが呟いた。 安心するのはあたりまえよ、まぁおまじないじゃないけどね。額をつけながら少しワタシは笑った。 心のケガは簡単には治らない。ワタシには完全に治すこともできない。 でもね、痛みを共有することはできるのよ。一気になんて治さなくていい。痛みをわけて少しずつつ治していきましょう。ワタシも手伝ってあげるから。 まったく、ケガのしすぎなのよ。あなたたちはちょっとくらい救われなきゃ。ワタシが許さないんだから。
* * *
(我慢するくらいなら、吐き出しなさい。そういうことはすごく簡単。でも吐き出すことも大変なのだと、ワタシは思うの。本人が出すことを望んでいないのなら、それは相手のただのエゴでしょう? 痛みを無くすつもりが増やしていくはめになるんだもの。それしゃあ意味がないわ。だから、なにも言わずに側にいるだけでいいじゃない。それでもケガは癒えるのに。言えないくらい辛いなら、深いケガなのだったら。強制する必要なんてないでしょう。それまで待てばいいじゃない。本当に限界が来たら見てるものにはわかるもの。そしたらそっと助けてあげるの。心のケガは見せて治るものもあるし、けして見せないで自力で治すしかないケガもあるしね。もう、なんて面倒で治りにくいケガなのかしら)
いつだったか、ラルトスにこんな話をしたことがあった。ラルトスはただ黙ってワタシの話に耳を傾けていた。
(きみはすごいね。ぼくそんなこと考えたこともないや) (ワタシはあなたよりも長い間生きてるのよ。あなたより考える時間も回数も比べられないわよ。………でもあのニンゲンはその短い時間で、本来あり得ないくらいの痛みを負ったわ。もちろんあなたも) (ぼくも?) (あなたのほうがニンゲンよりも少し大人みたいだから、あんまり目立ってはいないけど。ワタシにはそうみえたわ) (……ぼく、心のケガなんてしてない。痛くない。あの子のほうが全然痛い) (さっき言ったでしょう。ワタシはあなたより長い間生きてるの。そのくらいの嘘見抜けるわ。あなたはもうその嘘を吐き出さないと、もたないわ) (…………) (あのニンゲンが悲しむと思ったんでしょう。自分までずっと悲しんでたら、もっと泣いちゃうって。親を失ったのはあなたも同じでしょ。ワタシからみたらどっちもまだまだ子供なのに。それにあなたはもうお母さんたちにあえないって知ってる。それって苦しいでしょう?) (………だって、サーナイトと約束したもん。あの子を守るって) (あなたは立派にあの子を守れてる。ニンゲンが明るくなってきたのは間違いなくあなたのお陰。少しは気を緩めなさい。最近疲れて動きが鈍くなってきてるし、強くなりたいなら適度に休まなきゃ。安心しなさい、大丈夫だから) (……ムウマージは優しいね。本当に、サーナイトとエルレイドと同じくらいに)
大丈夫、大丈夫。そう繰り返して額と額をあわせる。嫌なことは一緒に分けよう。無理しなくてもいいのよ。あなたの痛みも悲しみも。ワタシと分けましょう。 しばらくして、額を離すとラルトスはぽろりと大粒を涙を溢した。それが引き金となったかのように一気に涙が出てきたようで、後半はわんわん声をあげて泣いていた。それを見てなぜかワタシも悲しくなってしまい、一緒に声をあげて泣き出してしまった。
ラルトス:きもちポケモン(#280) 人やポケモンの感情を頭のツノでキャッチする力をもつ。敵意を感じとると隠れてしまう。
(20110217加筆修正)
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