「ようせいさん、どこいっちゃったのー! でてきてよー!」
……………また来た。 あのニンゲンは初めて会った日から毎日毎日飽きもせずにこの森へやって来る。驚かしても諦めないでワタシに話しかけようとしてくるし。何がしたいのかしら。訳がわからない。
「ようせいさ……わっ!」
? どうしたのかしら声がやんだ。影から覗くと砂利道に倒れこんでるニンゲンを見つけた。うつ伏したまま動かない。どうやら盛大に転んだようだ。動かないニンゲンを見ながら、ラルトスはおろおろするだけ。……こういうときはあんたがしっかりしなきゃ駄目でしょ、まったく何してるのよ! しばらくしてニンゲンはゆっくりと起き上がった。目にたっぷりと涙をためて、それは今にもこぼれ落ちそう。唇を噛みしめ必死に痛みを我慢しているようにみえる。
「………う、ううう」
……ああもう! ワタシは痺れを切らして影から飛び出した。
「あ、ようせいさん……」
こんなときまでなにいってるのよ! 悪態をつきながらニンゲンを観察する。膝から血が流れてる。そして止まる様子は無い。 ……もう、しかたないわね! ワタシはちょん、とニンゲンの額とワタシの額をふれ合わせた。額を通じてじわりと痛みが伝ってくる。う、やっぱりこの感じ嫌い。…………あれ? そこで不思議な感覚に襲われる。体の真ん中が痛むような、締め付けられるような小さな痛み。このニンゲンがケガしてるのは膝よ、なによこれ。
「あれ? ……いたくない」
ちょっと呆けてたらニンゲンが頭の足りないことを言ってきた。当たり前でしょ、あんたのケガを"いたみわけ"したんだから! あんたのせいでワタシまで痛い思いするはめになったじゃない! …………でもなにかしら、今の感じ。 少し考え込んでいたらニンゲンがばっと前に出てきた。そして異常にきらきらとした目でワタシに話しかけてきたのだ。
「ありがとうようせいさん! いまのまほう!?」
……このニンゲン、頭悪いのね。かわいそうに。魔法って……。先ほどまでの涙は完全に引っ込んでいるようだった。まったくコロコロ表情がかわるわね、このニンゲン………だいたい技の名前も知らないのかしら、子供だからしかたないと割りきるべきなの? 呆れかえっていたら突然ニンゲンが声を荒げた。
「あっようせいさんケガしてる、たいへん!」
これはあんたのケガでしょうが! 第一"いたみわけ"は互いに同じ傷を分け合うんだからあんただって同じくらい痛いのよ! わたしは相手を治せる技なんて持ってないわ、木の実も! 悪かったわね! それにまず自分の心配をしたらどう! …………ってワタシは何に怒ってるのよー!
「……あっちからみずのおとがする。いってみようか、ようせいさんにラルトス!」
ニンゲンはワタシとラルトスを引っ張って水の音がする方へと走っていった。 ………もう疲れちゃったわ、好きにして………
* * *
「きれいなみずたまりがあってよかったねー はいこれでだいじょぶだよ!」
………みずたまり、せめて沢っていってほしかったわ。でもまあワタシのケガも洗えたし、ニンゲンのケガもそんなに深くは無いようね。はぁ、疲れた。 ニンゲンはワタシのケガを持っていた布で縛って止血してくれた。まったくこのニンゲンはなんでワタシの心配するのかしら、他のニンゲン見たいに自分のこと考えてればいいのに。のんきに草の上で足をぶらつかせるのを見ていたらなんだかどっと疲れが押し寄せてきた。ニンゲンとこんなに一緒にいたの初めてだもの……… まあいいわ。早く寝床に帰りましょ………
「あっまってようせいさん!」
ぐいっ、とニンゲンはワタシの体を引っ張った。後ろを向いて帰ろうとしていたためワタシは抵抗という抵抗ができず、ニンゲンの隣に並ぶ形になる。 は、離しなさいよ! ワタシはもうあんたなんかとかかわり合いになりたくないのよ!
「おねがい、いかないで! ……わたしなにもしないよ、こわくないよ。だからいかないでようせいさん……」
怖い? ワタシがニンゲンを怖がることなんてあるわけないでしょう! そう叫びたかったけどニンゲンに話しは通じないし、話の通じるラルトスは心配そうにニンゲンを見ているだけで目を合わせようとすらしない。 そこでちょっとした異変に気づいた。なんだかニンゲンの様子が変だ。かたかた震えてる。今日はあったかい、寒くなんてないのに。ぎゅっとワタシをつかむ手に力がこもる。ニンゲンの子供の力だから痛くはない、けど…… その時ラルトスの頭のツノが光り始めた。深い、どこまでも深い青い色。その青はワタシがみたどんな色よりも青かった。―――見ていて悲しくなるくらいに。
「ラルトス……ごめんね、またわたしのきもちがラルトスにいっちゃう………」
ワタシをつかんでいる逆の手でラルトスを引き寄せ、抱きしめた。顔を埋めて小さく体をを揺らしている。まるで自分を落ち着かせるみたいに。
「………ラルトスってね、わたしのきもちをあたまのツノでキャッチするんだって。だからわたしがたのしければラルトスもたのしくなるし、わたしがかなしくなればラルトスもかなしくなっちゃうの」
ぽつりぽつりとニンゲンは話始めた。ラルトスは悲しそうにそっとニンゲンの体に抱きついている。
「わたしがないちゃダメなの………ラルトスもかなしくなる……それにおかあさんと……やくそく、した……のに」
そう言いながらニンゲンはゆっくりと横たわった。ワタシを握っていた手から力が抜けていく。眠ってしまったらしい。すーすーと寝息が聞こえる。 そこでニンゲンのいっていた言葉がふと頭をよぎった。
―――おかあさん
そういえばこのニンゲンの母親はどこにいるのだろう。ニンゲンは子供ができて大きくなるまでは母親と一緒にいるものではなかったのか。
(なんだかごめんね、この子を助けてくれてありがとう)
さっきまでニンゲンに抱かれていたラルトスが話しかけてきた。いつの間にワタシの方へ来たのかしら。
(別にワタシは助けたつもりなんてないわ。目の前でびーびー泣かれるのは目障りだと思っただけよ) (でも最初はぼく達を驚かせてきたよね? あんなことされたら普通子供は泣いちゃうよ。それって矛盾してない?) (………う)
そう言われて言葉につまる。なによこいつ、今までワタシのこと見向きもしなかったくせに。
(最初はきみがコワイモノだと思ってたからね。ぼくものすごい臆病だから、きみのこと怖くて見れなかったんだよ)
わたしの考えを読んだみたいにラルトスが苦笑いしながらいってきた。なによ、自分が臆病だなんて堂々と言わないでよ。 そう言うとまたラルトスはごめんねと謝った。なんだかあんたたち謝ってばっかりね。
(そうだ、あのニンゲンにもうワタシを追いかけるの諦めるようにしてよ。いい迷惑だわ。ワタシはニンゲンの驚く顔が好きなの。あんなふうに馴れ馴れしくされるのは好きじゃないわ)
そう言うとラルトスはしょんぼりとうつむき呟いた。 (それはあまりやりたくないことだね) (なんでよ、なんでワタシに付きまとうのよ。毎日追ってきてもなにもないわよ) (でもぼくはこの子を悲しませるようなことはしたくないんだ。ぼくが守るってサーナイトと約束したからね) (サーナイト?) (ぼくの親だよ) (………そういえば、このニンゲンの母親ってなんでいないの? いつも森に来るのはあなたとニンゲンだけじゃない)
それを聞くとまたラルトスのツノが光りだした。――またあの青色だ。
(話すと結構長くなるよ、いいの?) (………別に、このニンゲンが起きるまでに逃げればいいだけの話でしょ。それまでまだ時間がありそうだしね。聞いてあげてもいいわよ。それにあんたのツノがあんな色になるのかも知りたいしね) (……そっか、わかった)
ラルトスはそう言うとついこの間までいた、自分達の両親のことを話始めた。
いたみわけ【ノーマルタイプ:変化技】 自分の体力と相手の体力を足してそれを仲良くわける
(20100217加筆修正)
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