とある名もなき魔女の話 | ナノ
 自分でもなんと言っているのかわからない。叫びながら無我夢中で十字架からあの子を下ろした。長時間高熱の火であぶられたあの子の体は、触れるだけでワタシの体を蝕む。でも痛みなんて感じなかった。じゅう、とワタシの体が焼ける音だけが耳に届く。十字架からおろしたあの子は、人の形を留めてるとは言えなかった。
 以前のあの子より小さくなった体を抱きしめ、ワタシは大声を上げて泣いた。ただ、泣いた。
 頭が動いている感覚はない。言葉も考えられず、発せられない。ただ意味のない雄叫びを上げ、溢れ出る大粒の涙を拭うことなく泣いていた。

 そのうち声を聞いたニンゲンたちが次々と外へ出てきた。ニンゲンたちはワタシを見ると、悲鳴をあげながら逃げ始める。
 嗚咽にむせるそのなかで、ある親子の姿が目にとまる。

 さっきみたニンゲンの親子の姿。泣きじゃくる子を抱え、決死の形相で母親が逃げようと走っていた。

(……どうして?)

 頭の中にふつりと言葉が浮かんだ。それがきっかけになったかのように、自分の中でなにかが弾ける。
 こみ上げてきたのは、途方もない怒りだった。

(なんであの親子は2人で逃げられるの)(あの子たちができなかったことを、なんで)(あの子たちとニンゲンと。なんの違いがあったのよ)(あの子たちはなにも悪くないじゃない)(ただ幸せに成りたいと願っただけじゃない。親と生きることを願い、仲間と生きることを望み、愛されたいと祈った。でも、1つも叶わないで殺された)(だとしたら、あの子たちはなんのために生まれたの)(神さまはあの子たちを悲しませるために生んだの? 神さまっていうのは救いを求める者に手を差しのべるために存在するんでしょう)(ワタシたちを化け物とよぶニンゲンたちの方が残忍で、下劣で、最低で)(よっぽど化け物じゃないか!)(あの化け物たちを救ってあの子たちを見捨てる神なんて、いらない)(あの子たちのいない世界なんて。ワタシしかいない、世界なんて)

(そんなもの、いらない)

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、痛くて痛くておかしくなりそう。言葉と感情が溢れ出てくる、
気持ち悪い。でもワタシはこの感情を止められない。

(ニンゲンもポケモンもみんないらない)(あの子たちと同じ目にあえばいい)(あの子たちの痛みを、苦しみを、悲しみを)(ワタシが感じた、憎しみを)(ニンゲンが味わえば、)(化け物に)(制裁を、あたえ)

 熱を持って暴れていた感情が、突然すっと引いていった。ワタシの目から溢れ出ていた涙は、いつのまにか止まっている。ぼんやりと、腕に抱えたあの子に視線を移す。そして、あの子の目に触れ薄く開かれた瞼をそっと閉じた。瞼を閉じたその顔は。まるで眠っているように見えた。

(ふふ、なんだか寝てるみたい)

 ワタシはうっすらと笑みを浮かべる。そして気づいた、そっか。そうよね。

(この子は寝てるのよ)(そうよ、寝てるの)(死んでなんかいない)(寂しがり屋のあの子のことだもの)(ワタシを置いて死ぬわけないわ)(嫌だわ、何を勘違いしてたのかしら)(ただ、眠っただけだったのね)(だったら、よく眠れるように、子守唄を)(あのニンゲンの母親がやってたみたいに)

(歌を、歌ってあげなくちゃ)

 あの子の体を抱えて、大きく息を吸い込む。町中に響くような大声で、ワタシは歌った。幼子を寝かしつけるように。抱いているあの子がゆっくり眠れるように。あの子が、1人で寝ていて寂しくならないように。
 遠くの方で逃げ惑っていたニンゲンが、ゆっくり倒れた。歌いながら近づくとニンゲンは瞼を閉じて眠っている。ワタシの歌で眠ってしまった。少しだけ恥ずかしかったが、歌い続ける。みんなワタシの歌で、眠ってしまえばいい。あの子たちだけじゃなくて、みんなみんな寝ちゃえば、あの子たちは仲間はずれなんかじゃない。くすくすと笑いながらニンゲンをみた。そして忘れちゃいけないことに気がついた。いけないいけない、大事なことを忘れてた。
 寝ているニンゲンに、鬼火を放つ。黒い炎がニンゲンをおおった。ついでにそこいらじゅうに鬼火を放つ。周りの巣も木も草も、何もかも燃やさなきゃ。あの子たちと同じにならないもの。歌を歌いながら、ゲラゲラと笑う。なんだかとても楽しい気分だった。道端で眠るニンゲンたちの中には、さっきみた親子もいた。ああ、よかった。みんな一緒ね。寂しくなんかないわ。あなたは1人じゃないわよ。そうあの子に呟いたら、いっそう愉快な気分になった。黒い炎に包まれる町をみながら、ラルトスのいるところへ、森へ帰ろう。そう思った。

 ふと空を見ると、少しだけ明らんでいる。もうすぐ日の出か。そう思うと突然雲が目の前に来たように感じた。分厚い雲。今は日の出が近いからだろうか、雲全体が真っ赤に見えた。変な雲ね、とワタシはあの子に呟いた。眠っているから返事はないんだけど。まあいいや。
 帰ろう。ワタシたちの森へ。
 真っ黒な炎に包まれる町を、ワタシたちは後にした。ワタシの体から、少しずつ、少しずつ。灰のようなものがでていることに、その時は気がついていなかった。




 森へかえって、ラルトスの元へ向かった。ワタシはまだ歌い続けている。声がだいぶ出なくなってきたが、そんなの関係ないわ。あ、勿論さっきのニンゲンたちにも火をつけてきたわよ。差別するのはよくないものね。だいっきらいなあんたたちでも特別。ほんとは嫌だったけど。あの子たちは誰にでも優しいからね。その優しさに免じて他のニンゲンと同じ扱いにしたわ。感謝しなさいよ。
 笑いながらラルトスの側に寄る。ラルトスの横にあの子を寝かせようとした。
 すると突然、体が透け始めた。あの子の体が重力に逆らわず下に垂直に落ちる。驚きで思わず歌が止まってしまった。

(あ、れ)

 自分の体を見ると、体の節々から灰のような、砂のようなものが流れている。がくん、と体の力が抜けて地面へと落ちた。先程感じた奇妙な違和感が全身に広がる。

(消え、てる?)

そして自分の身に何が起きているのかを悟った。限界などとうの昔に超えていた。

(ワタシ、死ぬんだ)

ぽつりとつぶやくと、言葉の意味がずっと重くなった気がした。
 ゴーストタイプは死なない。ずっと昔に聞いた話だった。もともと肉体と呼ばれるものを持たないゴーストタイプは、決して死ぬことはないそうだ。ではゴーストタイプの最期はどうなるのか。行き着く先はただの【消失】である。他のポケモンやどの生き物とも違う、ゴーストのみの終わり方。何も残さず、消えるのだ。
 わかっていたことだ。呪いを使い続けたり、先程の歌。よくここまで持った方だと思う。ワタシは想像していたより、冷静だった。それどころかいつもより落ち着いている気がする。

(……ゴーストタイプは、肉体がない。物理攻撃も当たらない。死という概念すらも当てはまらない。……これって生きてるっていえるのかしら)

 小さく呟きながら、あの子とラルトスを見る。あの子たちは2人で寄り添っていた。まるで抱き合っているかのように。体は、もう言うことを聞いてなどくれない。視界も、朧気に霞む。2人の元にいきたいけれど、ワタシは動けない。あの2人と一緒に、いられない。

(でも、ワタシはあの子たちに触れられる。あの子たちがくれたきのみだって食べられる。あの子たちと笑ったり、泣いたり、なんだってできた。……ワタシ、生きてたよね?)

 難しいことは、なにもわからない。でも、ワタシはあの子たちと共に生きていた。それだけは確かにいえる。胸をはって、誇れる。
 歪んで霞む視界の中に、赤い何かが広がる。さっきの雲かな。押し潰されそう。

(ごめん、ごめんね)

 そう呟いて涙を一粒溢す。あなたたちを助けてあげられなくて、ごめんなさい。幸せにしてあげたかった。こんな結果にしかならなくて、ごめんなさい。何もかも、ごめんなさい。
あなた達が帰って行くたび寂しかった。おいていかれるのは怖かった。ひとりは嫌だった。ずっと一緒にいたかった。……一緒に幸せに、なりたかった。
そうやってすがればこうはならなかったのかな? 結局、ワタシはひとりぼっち。あなたたちを救えず、またひとり。
 ワタシはゆっくりと瞬きをする。目はもうなにも映さない。体ももうほとんど残っていない。

(許し、て)

 声になったかもわからない。ほとんど残らない意識の中、お父さんとお母さんと再会するあの子たちをみた気がした。
 嬉しそうに抱き合う、あの子たちはすごく幸せそうだった。でも、そのなかにワタシの姿は、無かった。

楽しそうなあの子たちの後ろから、泣きじゃくる子供の声がした。寂しい寂しいと泣く声は、なぜかいつも聞いているかのように思えた。声の主を見ようとしたけれどあの子たちが遮って、声の主は見えない。声の主は最後に"助けて"と呟くと、悲しそうにすすり泣きながらどこかへ消えていった。




 ワタシはどこまでひとりでいれば幸せになれるのでしょうか。





ほろびのうた【ノーマル:変化技】
歌を聞くと自分も相手も瀕死になる。交代すると効果はなくなる。


 (20110724end)
 (20110728修正)

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