(さがさなきゃ)
誰にも聞こえないほどの小さな声でぽつりと呟く。とはいっても生き物なんて、ワタシ以外にいないのだけれど。 苦悶の表情で冷たくなっていくニンゲンたちを横目に見ながら、ラルトスのいるほうへと進んだ。黒く煤けた、その体。ラルトスを見ると胸の奥に何かが込み上げてくる。この感情がなんなのか、ワタシにはわからない。でも、やるべきことはわかる。ラルトスはあの子を守ろうとしたはずだ。だとしたら、あの子はまだ生きている。迎えにいってあげないと。きっと1人で泣いている。 とりあえず、ここから移動しよう。そう思い、ラルトスの体をゆっくりと持ち上げた。こんな汚いものたちがあるところに、ラルトスを長居させたくなかった。
*
移動した場所は、ワタシたちがよく一緒に来ていた沢だ。さあさあと、夜の森に水音が響く。沢のほとりにラルトスを寝かせた。ワタシは横たわるラルトスの頬に、軽く口づけた。ラルトスが目を開くことはもう無い。でも悲しんでなんていられない。ワタシはニンゲン達の住む町へと進んでいった。
(あの子を、さがさなきゃ)
そう呟き町へと向かう。すると、全身に不思議な違和感を覚えた。きっと先ほどダメージを受けすぎたのだろう。とはいえ大半が自分の技の反動なのだが。でもそんなこと気にしてなんかいられない。軋む体に鞭をふるい、ワタシは町へと向かった。 闇の中を泳ぐ途中、どんどん不安が大きくなる。あの子は本当に無事なの? ラルトスみたいなことになってない? ぎゅう、と締め付けられるような胸の痛みを我慢して、ワタシは空を見上げた。
(かみさま)
一度も祈りなんてしたこともない。存在すら信じたことのないものにワタシは語りかける。
(本当に、かみさまなんてものがいるなら、あの子を助けてよ) (あの子は、あの子達は、幸せにならなきゃいけないの。今まで不幸だったぶん、誰よりも幸せにならなきゃ) (ワタシは死んでもいい。あの子達のためなら命なんて要らない) (お願いだから、あの子を助けて) (これ以上、大切なものを奪わないで)
不安を胸に抱きながら森から飛び出し、ワタシはニンゲン達の住む町へと入っていった。
*
ニンゲン達の町は、光が多くて昼間みたいだった。初めて入ったけど、夜だというのに生き物の気配が溢れてる。 目立つとまた面倒なことになると思ったから物影や路地裏を移動した。あの子を連れ出すときに騒がれると厄介だし。
路地裏を移動し続けると、ニンゲンの巣からあの子みたいな声がした。見つけたと思って巣を覗くと、そこにいたのは別のニンゲンだった。あの子と同じくらいの子供が布にくるまって横になっている。そのそばでは親のニンゲンが子守唄を歌っていた。その姿に息が詰まった。思わず立ち止まって見つめてしまう。すると、歌っている親に、子供のニンゲンが突然話しかけた。
「お父さんはまだ帰ってこないの……?」 「明日の朝には帰ってくるわ、だから早く寝なさい」 「"化け物退治"っていうのにいってるんでしょう? 大丈夫かな……」
(……化け物退治、か)
そのニンゲンの子が言っているのは間違えなくワタシの事だろう。だとしたらこのニンゲンの親は、もう帰って来ることは無いだろう。だってワタシが殺してしまったから。1人残らず、ね。
……このニンゲンは、ワタシが親を殺したと知ったらどうするのだろう。 ふと考えた問いに、胸が苦しくなる。ワタシはあのニンゲン達と同じことをこのニンゲンにしてしまったのではないか。
違う。ワタシは間違ってない。あいつらが悪いんだ。あの子達の親を殺し、住みかを奪い、迫害して、ラルトスまで殺した。あいつらが悪いんだ。そんなことをしておいて、自分だけ幸せになろうだなんて。ふざけるのも大概にしてほしいわ。あいつらのせいで、こうなったんだもの。ワタシは間違ってない。間違ってなんかいない。
自分に言い聞かせるように結論をまとめた。そうだ、こんなことをしている場合じゃない。あの子をさがさなきゃ。
雑音をかきけすように頭を振って、ワタシは町の中を進み続けた。
*
その後、ワタシはあの子を見つけることができた。
駆け寄った先に見えた姿は、無事とは言えない姿。
全身を杭で十字架に張り付けられ。
今も絶え間なく火であぶられ。
十字架の周りには投げつけられた大量の石が落ちている。
そんな、見るも無惨な状態でワタシとあの子は再会した。
ラルトスのような小さな傷が全身に刻まれ、体は煤にまみれている。というより全身が炭のようになってしまっている。うっすらと開かれた目は暗く淀み、口は半開きで固まっている。
あの子は、殺されていた。
夜を切り裂くようなワタシの慟哭が、町中に響いた。
(20110711)
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