最初は、何かの間違えだと思った。きっとよく似た別の何かなんだと。その黒い塊は、ラルトスなんかじゃないって。そんな希望を抱いて、麻袋の方へと進んだ。 でも、そんなワタシを嘲笑うかのように現実が突きつけられる。
麻袋の中にいたのは、紛れもなくラルトスだった。
白かった体は、焼けただれて黒ずんでいる。よくみると、体には無数のアザや切り傷が刻まれていた。それはどうみても、ニンゲンによってつけられたものだった。目は固く閉じられ、ワタシが近づいても開かない。 すぅ、と体の中の何かが落下するような感覚に襲われる。気が付くと小刻みに体が震えていた。ゆっくりと、ラルトスに話しかける。
(ラルトス)
返事はない。
(ちょっと、笑えない冗談はやめてよ。ねぇ、起きて)
返事はない。 体だけではなく声までが震える。呼び掛けながら、そっとラルトスの体に触れた時だった。
(――――!)
ラルトスの体は、冷たく、固くなっていた。 死ん、でる。 どうして、ラルトス、が。 そうだ、あの子は、あの子はどこ、にいるの。あの子の姿が、みえな
そこまで考え付いた、その時。
「いまだ!」
ニンゲン達の声が響いたと思うと、突然ワタシの頭上から大量の水が降り注いだ。全身はびしょ濡れになり、体の端からぽたぽたと水滴が落ちる。
「やったぞ! これで魔女はもう動けない!」 「こうしてしまえばこっちのもんだ!」 「殺せ!」 「磔にして火炙りにするんだ!」
ニンゲン達から歓喜の声が上がる。数名が手に持った武器を振りかざしながらこっちに走り込んで来ようとしたときだった。
「静まれ!」
1人のニンゲンが大声を張り上げると、先ほどまで興奮していたニンゲン達が大人しくなった。
「もしもの時のために大勢連れてきたが、こうなれば魔女は無力だ。一斉に飛びかかれば我ら自身が傷ついてしまう恐れがあるだろう。だからこの場は、魔女に最も苦しめられた者が納めるのが得策だろう」
ニンゲンがそう言うと、奥から別のニンゲンが姿を表した。
「子供だけじゃなく、オレまで殺そうとしやがって……! この化け物め!」
そのニンゲンは、手に短剣を握っていた。足には包帯が巻いてあり、以前にケガをしたようだ。
「オレの村にいた魔女を退治したとおもったら、この村に二匹も逃がしていたなんてな……でもオレは運がいい。お前があいつらの親玉なんだったら、お前を殺すことで子供の無念は晴らされるんだからな!」
狂ったように男が笑う。だが、ワタシには。 そこにいるニンゲン達が何をいっているのか、わからなかった。
視界にはラルトスの死骸が映るだけ。ニンゲン達が騒いでいるのはわかるのだが、どんな意味を持っているのか理解できない。先ほどから、頭が回転を停止しているようだ。
「協会■■ら■■短■■! 神■水■■■■て■■■前■■■■た■■■■■■う!」 「村■婆■ん■■呪■殺■■が■■!」 「■ろ■!」 「■■せ!」 「■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■!」
ノイズのようなものが周りに溢れる。 すると、短剣を持ったニンゲンがワタシの方へと突っ込んできた。よく聞き取れない雄叫びを上げながら、勢いよく短剣を降り下ろす。短剣とワタシの体が重なった瞬間、周りのニンゲン達が大きくざわつく。喜んで、いるのだろうか。わからない。 だが、ワタシに襲いかかったニンゲンだけは酷く訝しげな表情を浮かべていた。それも、当たり前か。 ワタシの体に、物理攻撃なんて通じないんだから。だから、手応えなんて無かったでしょう?
「■い、■■違■■!」 「こ■■使■■■■■殺■■■■■な■■■■■■!」 「騙■■■■■父!」
(うるさい、なあ)
周りに動揺の色が見え始めた。それと同時に、ワタシの思考も正常に機能し始めたようだった。ゆっくりと今の状況を理解し始める。(どうして、こうなったんだっけ) (なんで、ラルトスは死んじゃったんだっけ) (あの子は、あの子はどこ) (どこにもいない) (どうしてワタシ達は) (ああ、そっか)
(……こいつらが悪いんだ)
何かが弾ける音がした。 ワタシはすーと大きく息を吸い込み、一気に吐き出した。森全体につんざくような雑音が響く。それを聴いたニンゲン達は、ばたばたと倒れていった。苦悶に呻き、暴れている。 動けなくなったニンゲン達を確認し、一旦攻撃を止めて冷たくなったラルトスへと向き直る。そして横たわっていたラルトスを抱くように持ち上げた。
(これは復讐よ。ワタシの幸せを奪った、復讐) (そうだ、簡単なことじゃない) (ワタシは、為ってしまえばよかったのよ)
(お前らの望む、本物の魔女に!)
いまだに身動きの取れないニンゲン達を見下ろしながらにっこりと笑う。簡単になんか、殺してやるもんか。ワタシの、痛みを。ラルトスの痛みを。思い知れ。
「ひ、が、っぎゃあああああああ!!」
目の前のニンゲンは、ワタシが近づくと頭を抱えて激しく喚き出した。"のろい"を掛けてやった。ニンゲンは狂ったように地面をのたうち回りはじめる。 苦痛に歪む顔をのぞきながら、ワタシはにたりと笑みを溢す。お前ら1人だって逃がすものか。"のろい"はワタシの体をも蝕む技。どんな万全の体力で行っても必ずがたがくる。でも、そんなこと知るもんか。"いたみわけ"でお前らの体力だって奪うことだってできる。この森には、あの子からもらった体力を回復できるきのみだってたくさんある。技を発動するときに必要な負の感情なんて、余るくらいあるもの。それに他の技だってたくさんあるわよ? 伊達に長生きしてないもの。 ワタシのすべてを使いきっても。
お前らだけは、皆殺しにしてやる。
(20110326)
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