人畜有害取扱危険者 | ナノ
「よくお越しくださいました、心から歓迎いたします!」

 パーティーが始まると恒例ともいうべき挨拶巡りが始まった。そしてシアンとランスは今まさに取引先の社長と社交事例を交わしている最中である。相手方の社長は恰幅のよい、いかにも成金といった印象を持つ男であった。装飾品は純金のものを多用し自分の財を見せつけたい、という魂胆がまる分かりである。
 少々ひきつった笑みを浮かべているランスとは反対に、シアンは爽やかな表情で微笑んでいた。いつものようににたにたとした笑い方ではなく純度100%の営業スマイルである。通常時の彼女を知っている者が見れば、全員口を揃えて「胡散臭い」と言うだろう。

「わたくしの方こそこんな素敵なパーティーに招いていただけるだなんて光栄ですわ」
「シアンさんはお上手ですなあ! ではしばらく楽しんでいてください、わたしはまだ他の方々に挨拶へ行かねばならないので……本音をいうとずっとシアンと話していたいのですが」
「ふふ、社長の方がお上手ですわね。ではお言葉に甘えて存分に楽しませてもらいますわ。それでは失礼します」

 にこにこと笑みを浮かべながらシアンは社長から離れていった。社長はしばらくシアンを名残惜しそうに見ていたが、そのうち諦めて去っていった。その後ろから苦虫を噛み潰したような表情のランスが続く。

「……嫌がっていた割にはずいぶん乗り気ですね。あの気色悪い猫かぶりはいつまで続けるんですか?」
「あのクソジジイと別れるまでかな。不本意だけど、不利益になるよりはましでしょう。それにやるからには楽しまなきゃ。……というかあんたも少しは協力しなさいよ。流石に社長の相手は無理だろうから、そのアホみたいな面でそこらのお嬢様引っ掛けてきなさい。あの人たちあんたみたいなやつ大好きだから。顔だけ綺麗な男。よしよし適材適所、やだあたしってば優しい! さあ行けスケコマシ、ノルマは千人切りだ!」

 びしっ、と女性の集団を指すシアンをランスは完全に無視して先へと進んでいった。シアンは無視されたことをさほど気にしていないのか、ゆるゆるとランスのあとに続く。その顔にはいつものにたにたとした表情が浮かんでいた。かつかつと先を歩くランスは眉間にシワを寄せながらシアンへ小言を言う。

「だいたい今日の目的は社長に対しての接待でしょう。わたしがなぜ見知らぬ女に媚を売らねばならないのですか」
「あはは、冷たいねぇ。相変わらずお高いプライドだ。こういうとこで顔が知れてるといいことあるかも知れないのに」
「じゃあ自分こそそこらの男に媚でも売ってきなさいよ、あなたのような頭の軽い女は好かれるでしょう。美麗字句を並べていれば勝手に……」

 ランスは後ろの気配が無くなったのに気付き言葉をとぎらせた。振り向くとそこには誰もいない。辺りを見渡すとバイキングコーナーを物色していたシアンが目に入る。物珍しそうに並んでいる食物を眺めているシアンをみて、口角をひくひくと痙攣させながら、ランスはシアンの元へと近づいた。

「……何してるんですか」
「見りゃわかるでしょ。ごはん食べるのよ。この際いいもん食べて帰ってやる。あんたも食べる? 意外に美味しいヤドンのしっぽのソテー。鶏肉と牛肉の境目みたいな味するわよ」
「よりにもよってゲテモノですか……遠慮します」
「塩胡椒かけたらもっと美味しくなりそうねー」

 げんなりとした表情を浮かべるランスとは対称的に、シアンは美味しそうに皿の上の料理を咀嚼する。しばらくは舌の上の料理を楽しんでいた彼女だったが、突然「あ」と間の抜けた声を上げた。

「そういや、ランスに話してないことがあった」

 料理を食べ続けながらシアンはランスに話しかけた。もぐもぐと口を動かしながら話すのはお世辞にも行儀が良いとは言えないのだが、気にも止めずにシアンは続ける。

「今回の接待さー、おまけがあるかもしれないんだよね」

 ごくん、と音を立てて食物を燕下する。にたりと口を三日月型に歪めたシアンを見て、ランスはより深い眉間のシワを刻んだ。

 彼らの夜は、まだ始まってすらいない。





 (20110425)


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