人畜有害取扱危険者 | ナノ
 沈黙した部屋には、白衣の女と白い団服の男がいた。先ほどまでいた黒い団服の男はその場にはいない。数秒の沈黙のあと、険しい表情を浮かべながら女は口を開いた。

「しばらく会わないうちにずいぶん人を騙くらかすのがうまくなりましたね」
「月日がたてば人などいくらでも変わりますよ。それに私に対して敬語は使わなくても結構ですよ」
「はっ、最高幹部サマがそんなんでいいんですか? 部下に舐められても知りませんよ」
「流石に他の団員の前では困りますが、ここには私たちしかいません。規律を乱さない限りは構いませんよ。それにお前は私に対して敬意など、これっぽっちも持ちあわせていないでしょう?」

 無表情で淡々と告げるアポロを、シアンは一笑した。そしてにやにやとした笑みを顔に張り付けながらデスクに腰をかける。

「持ってない訳じゃないんだけどね。尊敬はしてるけど服従しないだけよ」
「ふふ、お前が従うのは主人だけですものね」
「主人? アテナ様のこと? うーん、微妙に違うんだけど……まあいいや。アテナ様に従ってるのは確かだからね。それで、なんでまたランスを返してからじゃなきゃ言えない用件ってなに?」

 足をぶらぶらと宙に浮かせながらシアンはアポロに問いかける。していると言っているわりには、その態度に敬意などは感じられなかった。
 だがそんなことは気に止めていない様子のアポロは、先ほど渡したものとは別の書類を手渡す。しばらくは無言でペラペラと紙を捲っていたシアンだったが、ある程度目を通し終わるといっそう楽しそうに顔を歪めた。

「なるほどね、なんであたしを行かせたかったのかわかった気がするわ。……というか先にこれ渡して置けば断ったりしなかったのに」
「物事には順序というものがあるんですよ。先にお前が任務を請けていたらランスは絶対に行ってくれなかったでしょうし。しっかり順序立てを守ればすべて丸くおさまるでしょう」

 その返答を聞いてシアンは「げ」と真っ赤な舌を出した。アポロはシアン達が喧嘩するところから、ランスが何分前に呼ばれた場所に来るのかなど、すべて計算しているのだからたちがわるい。不快感を露にする表情をアポロは笑みを張り付けながら見つめていた。
 サカキ様の言うことだけ聞いてたときには感情なんて微塵も出したりしなかったのに、今じゃずいぶん表情豊かになったのね。と、ぼんやりシアンは思う。

「ふーん。前みたいにご主人様に追従するだけじゃなくなったんだ」
「……ええ。ただ従うだけでは駄目でしたから」

 アポロの目が少しだけ細くなる。その表情は、どこか遠くを見ているかのようだった。懐かしくて愛しかったものを思い浮かべるかのように。そんなアポロを、無表情になったシアンが眺める。

「……アテナと供にいる姿を見ていると、お前が少し羨ましい。無意識のうちに自分に重ねてしまうときがあるんです」
「《羨ましい》ねぇ。ふふ、アポロさんが持つにふさわしい感情よね。羨ましい、妬ましい。そこが変わらないのは嬉しいわね。まあ犬とはリンクしてないけど。アポロさんには合ってるからいいか。あは、あははは」

 くすくすと楽しげにシアンは笑う。アポロとしてはそこで笑う意味もふさわしい感情という意味もわからなかった。だがシアンの言動にいちいち横槍をいれていたらきりがないのを知っているため、さほど気にせず流してしまった。しばらく笑ったあと、シアンは腰かけていたデスクからぴょん、と降りた。

「じゃあ必死に主人の家を守ろうとする忠犬のためにがんばってくる。まあ死なない程度にね」
「宜しくお願いします。ああ、言わなくてもわかってるとは思いますが、それはあくまで噂ですから。その先はお前に任せます」
「へいへーい」
「あとランスにもそのことについて伝えておいて下さい」

 アポロがそう言うと「えー」ときだるげな声を漏らす。そして突然、先ほど受け取った書類をためらうことなく破り始めた。先ほどまで束だったはずの紙はすぐに紙くずへと成り果てる。呆然とした表情のアポロを、愉快そうに眺めると「ランスに言っときますね」とこれまた愉快そうな笑みを浮かべ、執務室を後にした。
 静かになった部屋に、アポロのため息が響いた。





 (20110408)


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