ふと、アポロは壁際にいるランスへと目線を移した。ランスは険しい表情でシアンを見つめている。だがぶつぶつと呪詛を呟いているシアンはそれに気づいてはいなかった。
「おやランス、物言いたげな顔をしていますね。何かあるのならどうぞ」 「……ええ、」 「まだいたんだ。流石ランスね、壁と同化するのがうまいこと」
ランスの言葉を遮りシアンは嫌味を含んだ称賛を投げつける。しかしランスはその嫌味を無視し、かつかつとアポロ達の方まで歩みを進めてきた。そしてシアンを強く睨め付けながら、ばん! と力強く机を叩いた。
「……いったい何様のつもりですか」 「はい?」 「いつから命令を拒否できるくらい偉くなったのかと訊いているんですよ」
憤りの込もったシーグリーンの瞳がシアンを射ぬく。その目には侮蔑のようなものも含まれていた。感情を露にするランスをシアンは目を細めて一瞥する。
「あら、いつからこの組織は任務を拒否するのすら許さないとこになったのかしら。法律が通じないとはいってもそれくらいの権利はあるんじゃないの?」 「相変わらず舌ばかり回りますね。……もしかして、任務に失敗するのが怖いんですか?」 「……あ?」
ランスにが心底馬鹿にしたように嘲笑うと、シアンは表情を消しランスへと向き直った。その顔には苛立ちが宿り、目は瞳孔が開いてきている。
「アテナさんも可哀想に。こんな無能が下にいたんじゃろくなことがないでしょう」 「失敗が怖いだなんて一言も言ってない、適材適所って言葉に従えって言ってんの」 「はっ、それを言い訳にしているだけじゃないですか」 「ったく、任務やらないやつはいいわね、横から口出してればいいんだもの」 「たとえ私が任されたとしてもやり遂げる自信はありますよ? 任務すらまともに出来ない、どこかの腰抜けとは違ってね!」 「あたしより愛想悪いあんたにだけは言われたくないわ! だいたいあんたみたいな敵意むき出しの虎野郎の接待うけて誰が喜ぶってのよ、取引先はゲテモノ好きの変態か!」
言い争いはどんどん加熱していった。メンチを切りながら2人の口論は他の物が口を挟めないほどのスピードで行われる。このままでは先ほど避けたはずの乱闘になりかねない。だが、アポロは加熱していく罵詈雑言の嵐を、止めることなく見物し続けた。
「……はっ、いいわよ」
ほとんど無酸素で続けていた2人は互いに肩を揺らしていた。不意にシアンがシニカルな笑みを浮かべる。彼らは息がかかりそうな程に顔を近づけていたが、口論が終了すると自然とその距離は長くなっていった。 シアンはくるりとアポロの方へ向き直る。くしゃりと音の鳴った書類を握りしめ、親の仇でもとるかのような表情を浮かべこう言った。
「この任務、やらせていただきます」
にっこりとアポロが微笑み「そうですか、それはよかった」と呟く。 部屋には先ほどとは打って変わり、穏やかな静寂が流れていた。
(20110405)
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