「行きたくありません」 「しかしあちらはお前を指名しているんです」 「ほら、最近ぶっそうな事件多いじゃないですか。若い女が行方不明になったり、ポケモン使った強盗とかテロとか。怖いですね、危ないですね、これは行かないで大人しくしろっていう暗示ですよ」 「白々しい演技は止めてください。だいたいお前は襲われなどしないでしょう」 「何が起こるかなんてわからないですよ? 外出た瞬間に爆破されたりするかも」 「そんな理由では承諾できません」
先ほどから数十分ほどたっただろうか。アポロとシアンの話し合いは依然として続いている。ランスは壁に寄りかかり、腕組みをしながら2人を眺めていた。彼らは任務を請ける請けないで揉めているようである。その任務の内容は取引先の社長が主催するパーティーにシアンが参加すること。ようは接待だ。とはいってもシアンは「行きたくない」の一点張りであるのだが。 まずこのような任務がシアンに来るのは珍しいことだった。研究員という立場上、表立った任務を請けることは滅多に無いためである。
「下手に機嫌を損ねてパトロンを失うわけにはいかないんです。相手を適当におだてればいいですから」 「それが嫌なんです……だいたい裏方のあたしがそんなパーティーなんかにでるのもおかしいでしょうに。人選ミスじゃないですか。もっと社交的な奴選びましょうよ」
げんなりとした表情でシアンは手元にあった書類を叩いた。弱ったな、と言わんばかりにアポロはため息をつく。不毛な争いに気力が削がれてきているようだ。だが互いに譲る気は無いようである。
「それになんであたしが指名されてるんですか? 表の会社の方には顔出してないはずなんですけど」
シアンの言っている"表の会社"とは、ロケット団が表社会で活動するために運営しているものの通称である。今のロケット団は水面下で活動しているため目立った行動は取れない。しかし復活をするためには金が必要だ。だからダミーとなるための媒体が必要なのだ。この社長は"表の会社"で取引している有力な資金源なのである。
「……何かの手違いでお前の研究レポートが流出したらしいんです。そのレポートをみた取引先がぜひ話をしてみたいと。どうやら有能な女性が好みなようですよ。そこにお前の顔も乗せられていたらしく、他の人間を代役にすることもできな……」 「はあああ、流出ぅ!? なんでそんな処理違いの尻拭いをあたしがしなきゃいけないわけ!」
アポロの話を聞くうちに苛立ちが許容範囲を越えたのか、シアンはデスクをばんばん叩きながら声を荒げた。落ち着いてくださいというアポロの声も聞かずにシアンは理不尽だと捲し立てる。
「レポートは1万歩譲ってよしとしてもなんで顔……! もしそれが原因で身ばれでもしたらどうすんのよ。こっちで情報がどれほど重要だと思ってんの。信じられない……」
呪詛を呟くシアンを見ながらアポロはやれやれと苦笑した。この調子では任務など引き受けてくれないだろう。 話し合いは、終わる気配を見せなかった。
(20110404)
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