「海だ!水だ!水難の相だー!!」 「お前意味分かってんのか」
前回に引き続いて慰安旅行の真っ最中である一行は全員で海水浴に来ていた。 海をみてテンションの上がるマゼンタをなだめながらラムダはビーチパラソルを砂浜に立てかけている。さすがに海好きというだけあって準備は万端だった。
「準備運動は完璧です!さあレッツ!睡眠グー!」 「スイミングな。あんまりはしゃぐなよ海は危ないんだから」 「もうラムダ保護者ポジション定着してるわね」 「………不可抗力だ」 「おおっと!?アテナ様素敵すぎるお体が眩しいです黒ビキニ最高ですね!わたしと一緒に睡眠グしませんか」 「普通にナンパすんな」 「んーあたくし泳ぐの面倒だから寝てるわ、勝手に泳いできなさいな」 「振られちまった!じゃあアポロ様、ランス様一緒にすい……」
テンションが下がらないまま楽しげにアポロとランスに話を振ったマゼンタはその満面の笑みのまま固まった。表情は笑ったままであるがテンションは確実に急降下していた。
「えー……っと、まずランス様。その水着の種類と無駄にぱっつんぱっつんのスイムキャップは……?」 「水着はレーザーレー●ーですが」 「何を目指してるんだお前は!オリンピックにでも出る気か!!というかもはや意味ない気がするんだが。そんな尖ったスイムキャップはじめて見たぞ」 「……一度ランス様の髪の硬度について詳しくお聞きしたいのですが、ワックスでも使ってらっしゃるんですか?」 「地毛ですよ」 「えー……とりましょうよそのキャップ……」 「結構気に入ってたんですが……」 「気に入ってるのかそれ」 「そしてアポロ様。その格好の意味は……」
ちらりとマゼンタが視線をアポロに投げかける。 アポロの恰好は確実に泳ぐようなものではなかった。 つばの大きな麦わら帽子、まったく似合っていない大きなサングラス。そして大きく「男前」と書かれたTシャツ。はっきり言ってどこが男前なのか全く分からない。そしてものすごく
「ださっ……」 「アテナ様世の中には行ってはいけないことが山ほどあるんですよ!!」 「お前は海に何をしに来たんだ!泳ぐ気あんのか!」 「いえ日差しがこわいので対策を、それにわたしは泳げません」 「年頃の乙女か馬鹿野郎!日差しが恐くて海の男が務まるか!!そんな格好やめちまえ!」 「ラムダ様!?あなたまでボケに走ったらバランスが取れなくなりますよ!!」 「もういい!こいつらに海の魅力はわからん!泳ぐぞマゼンタ!」 「あきらめたー!でも泳ぐのには賛成です!」
ラムダとマゼンタはアポロとランスへの突っ込みをあきらめ海へと飛び込んで行った。
「水しょっぱ!塩味塩味!波キャッホオオ!」 「あー海はやっぱいいな!」 「うおっ!?その板は……ラムダ様サーフィンできるんですか?」 「それなりにはな」 「かっこいい!わたしもやってみたいです!」 「初心者にはきついぞ?」 「いや見た感じできそう……うわっ」
にやけながらラムダはサーフィーンボードをマゼンタに渡した。マゼンタは足元をぐらつかせながらボードに乗ったが、立とうとした瞬間足を滑らせ海にどぽんと落ちてしまった。 その様子をみてラムダはからからと笑った。
「ははっ、ほら無理だろう。お前にはまだ早いんだよ」 「ぐぬぬ……いいです!ランス様と遠泳競争してますから!!」
悔しかったのか恥ずかしかったのかマゼンタは浜辺へと泳いで行った。海から上がり先ほど放置したランスを探す。だがランスは見当たらなかった。
「あれ?ランス様どこいったのかな……」
きょろきょろと周辺を探してもランスは見当たらない。そんなに遠くには行ってないと思うのだが、と少し歩みを進めると女の人が大量に集まっているのが目に入った。
「………まさか」
嫌な予感を感じ、きゃあきゃあと黄色い声がするほうにすすんでいく。 すると女の子たちの中心に囲まれているランスを見つけた。
「わたしたちと一緒におよぎませーん?」 「…………いえ、遠慮します」 「そんな照れなくってもいいのにー」 「…………」 「ねー行こうよー。ご飯おごるから!」
またか、とマゼンタはため息を吐いた。 ランスは中身こそ残念だが顔は相当整っている。その人気は一、二を争うほどであり、過去に幾度も同じようなことがあった。 ラムダにしつこく言われ続けているせいか、よく知らない人間に話しかけられたらあまり喋るなというのは守っているようだ。だがそのおかげでその中から抜け出せないようである。
「仕方ないな……」
しばらく歩きランスがいる場所から離れる。 ある程度距離をとったらマゼンタは大きく息を吸い――
「あー!ヤドンとヤドランとヤドキングがいるー!!」
そう叫んだ。 その瞬間遠くから信じられないようなスピードでランスが土ぼこりをあげながら走ってきた。
「マゼンタ!楽園はどこですか!!」 「はい救出しゅうりょー。ランス様また女の子に囲まれてましたね」 「う……嘘だと……!」 「はいはいアジトかえったらヤドキングさわらせてあげますから、とりあえず泳ぎましょうよ!向こうの小島まで競争しません?」
マゼンタは若干放心状態のランスの腕を引っ張り波打ち際へと移動した。
「……いいでしょう、そのかわりわたしが勝ったら一週間ヤドキングを貸しなさい」 「それは嫌ですね……じゃあわたしが勝ったら一週間は仕事真面目にやってください!よっし、ラムダ様!スタートの合図お願いします!」 「ん?ああわかった」 「ふっ……わたしがあなたに負けるとでも?」 「おっと行ってくれますねランス様……水辺のわたしは最強なんですよ?」 「じゃあ行くぞ、よーいスタート!!」
ラムダの合図で2人は同時に海へと飛び込んだ。
ざざざざざと猛スピードで水の中を進んでいたマゼンタの耳になぜか叫んでいるラムダの声が入る。
「マゼンタとまれ!!」 「ちょ、ラムダ様神聖な勝負の邪魔をしないでください!負けたらわたしのヤドキングが……」 「お前が負けるなんてありえねえから!後ろ確認しろ!」 「は?後ろ?」
マゼンタが訝しがりながらも振り返ると後ろにランスの姿はなく、いたはずの場所からプクプクと気泡が上がっていた。 え、と水中をのぞけば沈んだ状態で流されているランスが見えた。
「えええええ!あんなに泳げます感だしてたくせにカナヅチぃぃ!?」 「先に救出!このままだと死ぬから!」
結局、ランスはマゼンタに助けられ勝負はランスの負けとなり、一週間は仕事をまじめにやるはめになった。
その後、一同はスイカ割りをしたり岩の影にいたドククラゲを怒らせ追いかけられたりなどして一日を過ごした。 こうしてかれらの慰安旅行は幕を閉じたのだった。
(2010807) |