リスキーゲームの敗者の続き ―――ウー! ウー!
いま刑務所内にはけたたましくサイレンの音が鳴り響いている。 緊急事態にしかならないサイレンがなぜいま鳴り響いているのかというと。
『侵入者です! 侵入者です! 職員で戦闘態勢のとれるものは直ちに第2棟の3階に集合してください!』
サイレンと共に放送が入る。 いまこの刑務所には侵入者が入ったのだ。侵入者が入るなんてこときっと今まで一度もなかっただろう。しかも侵入者は堂々と1人で門の正面から入ってきた。 侵入者は赤い髪をした女だった。その女は3体のポケモン、ラフレシアとアーボック、そしてヘルガーを使い爆発をおこし、刑務所を混乱の渦に陥れた。目的は不明。 しかもその女はかなり腕が立つらしく、看守たちは何人もやられてしまった。 だがその女がいま暴れているのは第2棟、こことは真逆の方向だ。 この刑務所は結構な広さがあるし、かなり遠い。 でもわたしも一応ここの職員だ。戦力にはならないが何かできることがあるかもしれない。そうおもい現場に走って向かった。すると「おい!」と声をかけられた。 なんなんだ、いま急いでいるのがわからないのか。そうおもい振り返っる。 わたしに声をかけたのは私と同い年くらいの紫髪の男の人だった。見覚えがない、こんな人いたっけな? そんなことを考えているとその男の人が口を開いた。
「お前、侵入者のところにいくつもりか?」 「はい。緊急事態ですから!」 「あっちなら大丈夫だ! いま応援部隊が駆けつけた。もう少しで鎮圧するだろう」 「そ、そうなんですか……よかったぁ……」
ほっと息をついたわたしに男の人が再び口を開く。
「お前、アポロっていう囚人知ってるか?」 「ああはい。わたしの担当している人ですが」 「そりゃあよかった! すまねえがそいつのところまで案内してくれねえか?」 「はあ……?」 「いやな、ここだけの話なんだがよお。今回の襲撃の目的はあの罪人の救出らしいんだよ」 「ええ!」
驚きを隠せないわたしに男の人は続ける。
「侵入者はその囚人を探して入ってきた元ロケット団の人間なんだ」 「へー……ずいぶんとお詳しいんですね!」 「まあな。もしかしたらその罪人のところにほかの侵入者がいってるかもしれねえだから一応確認しておきてえんだよ」 「わかりました! 案内します!」
そういってわたしはアポロのいる自分の持ち場に引き返した。
* * *
「ナマエさん。先ほどからサイレンが鳴ってますがどうかした……」
アポロのいる牢屋に戻ると、何があったのかと聞こうとしたのだろう。だがなぜかわたしの後ろの男の人をみて固まってしまった。
「どうかした?」 「いえ……何でもありません」 「おーこいつがアポロか」
その男の人はアポロの入っている牢屋に近づいてにやにやと笑った。
「いまサイレンがなってるだろ? これはお前の仲間のせいらしいぞ」 「言っていいんですかそれ!?」 「大丈夫だろどうせすぐ捕まるさ」 「まあそうですけど……」
でもそれは囚人の前で言う台詞じゃないだろうに。そう思って男の人をにらんだ。すると突然男の人がいった。
「あれ? ねーちゃん背中になんかついてるぞ?」 「え?」 「ちょっとこっちこい。とってやるよ」
ちょいちょいと手招きをされる。
「あ、ありがとうございます」
どうやって背中についているものが見えたのかな。そう思ったが嘘をつく必要もないだろうとおもいくるりと後ろを向いた。
「あなたは親切なんですね。わざわざとってくれるなんて」 「いやいや全然親切なんかじゃねえよ。だって俺様、 ロケット団だし」
え? とわたしが振り向くより早く男の人はわたしの手を後ろに回しガチャリ、と手錠をかけた。 状況が理解できていないわたしに反してさらにその男の人素早くはわたしに足払いをる。 当然、手の自由がきかないためわたしは床に倒れこむはめになった。受け身もとれないので大変痛かった。
「なっ……なにをするんですか!」 「ごめんな、ねーちゃん。俺はこいつを助けに来た侵入者の仲間なんだわ」
その男はそういうと自分の顔の皮をべりりと剥がした。いや、正確には皮ではない。 顔につけていた、マスクを。
「な……!」 「よおアポロ。久しぶりだな」 「こないだあったばかりじゃないですか」 「"すっぴんで"ってことだよ」
地にふしたまま彼らを見上げる。あの人が彼の仲間?こないだあった?どういうこと?頭がついていかない。
「どういうことよ!」 「ああ悪い悪い。ねーちゃんの存在忘れてたわ」 「そんなことはどうだっていい! あなたはなんなの!? 最近会ったってどういうことよ!」 「……まあねーちゃんにはここまで案内してもらったし教えてもいいかまず俺様、名前はラムダってんだ。変装のエキスパートでロケット団幹部……要するにアポロの部下だ」 「自分でエキスパートとかいわないでくださいよ気持ち悪い」 「アポロー? 助けてやんねえぞ」 「わ、わたしを騙したのね……!」 「仕方ねーだろ、アポロを脱獄させるにはこれしかなかったんだから。……んで次な最近会ったっていうのは」
こういうことだ。とラムダと名乗る男はそういうとくるりと後ろを向いた。そして正面を向くと顔と声が全く違う人へと変わっていた。
「……!」
わたしは驚きすぎて声が出ず、ぱくぱくと金魚のように口を動かすことしかできなかった。 何故ならば目の前にいたのはこの間アポロと面会をしていたあの女の人だったからだ。
「ま、こういうことよ」
またとラムダはべりりと顔につけていたマスクを外した。一瞬であんなことができるなんて、さすが自称変装の達人だ。
「あのとき俺たちは会話の中にアポロの居場所を示す言葉と、俺たちがいつ助けに来るかって言葉を入れてたんだ」 「そんなの、いってなかったわよ」 「バレるようには言わねーよ。まあ俺様は親切だからな、解説してやろう」
さっき親切じゃないって自分でいったくせに……そうおもったが口にはださなかった。
「例えば『少々ラジオ塔のようで懐かしい気がする』これはこの刑務所の中でも一番高い建物の中ってことだ。ラジオ塔はコガネで一番高かいだろ? それに懐かしいってことはあのときにアポロがいた場所……つまり最上階ってことだ。次に俺たちが助けに来る日のことだが『退屈しないと言ってられるのも行ってられるのも今のうち。1週間以内には音をあげる』うんまあここかな。退屈ってのは何も起こらないってことだろ。1週間以内には音をあげるってーのは1週間以内に来るぞってことだ。他にはそうだな………『静かですが話し相手がいる』てので、静か=人があまりいないってことだ。そんときのこいつの視線でねーちゃんがこいつの看守だとわかった。ちなみにさっき声かけたのはわざとだ。いやー実を言うと俺様迷っちゃってさ。どこにアポロがいんのかわかんなくってよ。ねーちゃんに会えたのは不幸中の幸いだったぜ」 「……」 「あとはそうだな……。今回の全貌か? いま騒ぎを起こしてる侵入者も俺らの仲間な。そいつがまずこことは真逆の方向で大暴れして注意を引き付ける。んでその隙に俺様が手薄になったアポロの救出にむかう。んで後は他の仲間を呼んでおさらばってとこだな。ああ、いま暴れてるやつはここの人間全員殲滅したって言ってたからこのあとで拾いにいくぞ」
全員、殲滅?
「職員が、全滅したってこと………?」 「それ以外の意味があったら不思議だろうが」 「ラムダ、しゃべりすぎですよ」 「わりーわりー。あ、そういやアテナがここに侵入する際お前のヘルガーが必要だっていってたから貸しといた。悪いな」 「はあ!?」 「なんか敵の数がたくさんいるだろ。手っ取り早く済ますためにラフレシアの毒の粉+ヘルガーの火炎放射で粉塵爆発を起こしたかったんだそうだ」 「爆発ならお前のドガースを使えばよかったでしょう」 「拗ねんな。すぐヘルガーに会わせてやっからよ。第一俺様のドガースを他のやつに貸すかってーの」 「ここから出たら絶対減給してやります」 「うわっ出すのやめようかな」
ラムダはそう呟やき、手に持っていた合鍵でガチャリと牢の鍵を開けた。 そして牢の中からアポロが出てきた。
「でも驚きましたよ。来るのはわかってましたがまさかナマエさんと一緒に来るなんて」 「それは仕方がないだろ。俺様も予想してなかった」 「ダメじゃないですか。それにしても牢の鍵なんてよくもってましたね」 「ああこれ? さっき途中でスッてきたんだよ。テレビみたいに囚人の目の前に鍵があれば楽なのにな。無駄に迷った訳じゃなかったなー。ついでにあれだ、管理室も壊しといた。記録は残んねえほうがいいだろ」 「相変わらず手グセが悪いようですね。でもナマエさんに話したらその意味はないのではないですか?」 「細かいことは気にするな。若ハゲがひろがるぞ」 「本格的に殺されたいですか? ………でもわたしを助けてくれたことでチャラにします」 「何いってんだよ。お前がその気になればこれくらいの鍵、自力で開けられるだろう?」 「いえいえそんな」
できませんよそんなこと。そういってアポロは自分の手についている鎖をいとも簡単に外した。
「手錠ははずせんのに?」 「はは、面倒だったんですよ。第一ひとりで牢を抜けてもそのあとがどうしようもありませんし」 「やっぱ助けに来なきゃダメだったな」
楽しげに目の前で交わされる会話に頭がついて行かない。ただわたしは呆然とするしかなかった。
「おーいアテナにランスお姫様の救出がすんだぞ」 『あら遅かったじゃない? もうこっちはとっくに片付いてるわよ』 『じゃあわたしはそちらにヘリで向かいます。いまどこですか?』 「一番高い塔の上だ。よろしく頼むぞ。アテナはここの次に迎えにいくからな」 『わかったわ』 『了解です』
とラムダは腰につけていた無線でおそらく仲間のロケット団とみられる人たちに連絡を取っていた。 「だれがお姫様ですか。殺しますよラムダ」 「うわこええ」 「……でも本当に助けに来るなんて思っていませんでしたよ。普通は切り捨てません? 捕まった奴の事など」 「今さらなにいってんだ、お前が捕まったのだって俺たちの囮じゃねぇか。後味わりぃ。……第一今はお前が俺らのボスだろ。ボスっていう頭がなくっちゃ俺たち手足はなんもできねーよ。」 「ふむ。でもわたしを助けるための作戦は十分頭を使ってると思いますが」 「見つけるのと作戦立てんのにどんだけ時間かかったと思ってんだよ。やっぱアポロがいなきゃ無理だ。ロケット団の復活も、サカキ様に帰ってきてもらうのも」 「そういっていただけると嬉しいですね。ああ、」
そんな会話をしていたアポロはうつ伏したままのわたしの方を向き
「そういえばナマエさん。………いや、ナマエ。短い間でしたがお世話になりました」
もう会うことはないでしょうが。 と、いつも見せていた薄っぺらい笑みとは違う笑顔を見せながらそういった。
「それじゃあ行くか」ラムダはそういってボールからドガースをだす。
「ちょっと寝ててくれよ。ドガース、スモッグ」 「ぐっ……」 わたしはドガースのスモッグをくらい、意識を失いそうになる。 意識を飛ばすその寸前に、
「あなたがいてくれたからここでの生活もそれなりに楽しかったですよ。それではさようなら、もう二度と会わないことを祈ります。もし会うとしたら―――― それはロケット団が復活し、野望を果たした時でしょうかね」
楽しそうに話す彼の、そんな声を聞いた気がした。
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