短編小説 | ナノ
side ナマエ



人なんて大嫌いだ。みんないなくなってしまえばどれほど気持ちがよいのだろう。いつもいつも面白がって人を傷つける。やられる側がどのくらい痛いのかも知らないくせに。
わたしは誰にも見つからないように町の外れの橋のしたに隠れた。
額に違和感を感じて手でさわってみると血が流れていた。先ほど歩いていたら石をぶつけられ、そこから出血したようだ。

「…………もう嫌だ」

橋の下で自分の膝を抱えるようにしてうずくまる。
わたしは俗に言う"いじめられっ子"だった。
だが、昔からいじめられっ子だったわけではない。性格は明るかったため友達もたくさんいた。毎日が楽しくて幸せだった。
でもある日突然、遊んでいた1人の男の子がいった一言によってわたしの幸せは瓦解した。

――――お前と遊んだ日は必ず悪夢を見るんだ。

その一言によって、あたしも見た、俺も見るだの遊んでいた友達がその男の子と同じく悪夢を見たといい始めた。
そこからは思い出すのも吐き気がするような思い出だ。

―――お前がいると災いが起こる
―――お前がいると不幸を招く

いわれのない事で罵られ私はとことん迫害された。今日のようにけがをすることも頻繁にあった。
 日が暮れるまでここでじっとしていよう。暗くなれば気づかれにくくなるから。
 そう考える私に突然声が掛けられた。

「ナマエ」

 見つかった―――
 そう思い逃げ出せる体制を身構える。だがわたしは逃げ出さなかった。いや、逃げ出す必要がなかったといった方が的確だ。

「ここにいたのナマエ」
「……なんだ、マツバだったの」

 ほっと胸をおろしたわたしを覗き込むようようにみているのはマツバ。
 彼は本当に優しい人だった。こんなに嫌われているわたしにも分け隔てなくその優しさをくれた。

「血、出てる。また誰かにやられてたの?」
「やられたけど……大丈夫。こすれば治るから」

 ごしごしと頭の傷の血を服の袖で拭くわたしをみて「そんなんじゃ治らないよ」といって手に持っていたハンカチをくれた。
 どうして、この人はこんなにも優しいんだろうか。頭の血を吹きながらそう思った。なんでわたしなんかに優しくしてくれるのだろう。どうして、わたしは嫌われているはずなのに、なんで、なんで、なんで―――

「マツバは、なんでわたしなんかに優しくしてくれるの?」
「"わたしなんか"なんて言わないの。………ナマエだから、って言ったらどうする?」

 え? とわたしがマツバを見ようとしたが、それはできなかった。なぜなら彼に抱き締められていたからだ。

「マツ、え? あの、そのマツバ?」
「ナマエ。外では君を傷つけるものばかりだろう? 僕の家においでよ。そこならばずっと君を守ってあげられる」

 唐突に告げられたかれの「一緒に住もう」という発言にわたしは驚きを隠せなかった。

「嫌……かい?」

 抱きしめられているのでお互いの顔が見えず、マツバがいまどんな顔をしているのかわからない。少し不安げになった彼の声を聞いてわたしは答えを出さなければと思った。

「ううん……全然嫌じゃないよ。むしろそうしてほしい」
「本当? よかった」

抱きしめられていた体を解放され、正面からマツバと向き合う形になる。

「だってもう――
 わたしにはあなたしかいないから」

わたしがそう呟くと、再びマツバに抱きしめられた。わたしにはこの人がいる。ずっと、ずっと、ずっと。

それだけで、満足だ。





side マツバ


 またナマエがどこかへ行ってしまったらしい。いつものことだけれどもまただれかから何かしらの攻撃を受けたのだろう。

「ゲンガー、今どこにナマエがいるのかわかる?」

 ゲンガーはこくんとうなずくとスーッと町のはずれへと向かっていった。
 ナマエは俗にいう"いじめられっ子"だった。
 昔はそうじゃなかったが、ある男の子の一言によって彼女の幸せは一気に崩れ去った。
 そんな懐かしい昔の思い出に浸りながらゲンガーの後をついていくと町のはずれにある川にたどりついた。
 こんなところに隠れているのか。そう思いまわりを見渡すと小さな橋があってゲンガーがそこを指差してにやにやと笑っていた。

「ナマエ」

 橋の下でうずくまっているナマエに僕は呼びかける。するとびくりと肩を震わせてナマエは逃げ出す体制を構えた。
 だが、声をかけたのが僕だとわかるとその緊張がほぐれたようだ。

「ここにいたのナマエ」
「……なんだ、マツバだったの」

 なんだなんてひどいなぁ。そうは思ったが口には出さない。近づくと額から流れている血に目が行った。

「血、出てる。また誰かにやられたの?」
「やられたけど……大丈夫。こすれば治るから」

 ナマエは気丈にふるまってごしごしと頭の傷をふいた。
 僕は「そんなんじゃ治らないよ」といって持っていたハンカチをナマエに貸した。
 するとナマエは少し悲しそうな顔をしてこういった。

「マツバは、なんでわたしなんかに優しくしてくれるの?」
「"わたしなんか"なんて言わないの」

 僕はやんわりと彼女を叱った。なんか、だなんて。そこまで自虐的になっしまったのか。
 僕は少し間を取って

「……ナマエだから、って言ったらどうする?」

 と聞いた。
 まあ、こたえを聞くつもりなんてないけど。
 僕は彼女を抱きしめた。お互いの顔が見えないように。

「マツ、え? あの、そのマツバ?」

 ものすごく驚いているのだろう。ナマエは完全に舌が回っていなかった。だが僕はそんなことを気にせずに言った。

「ナマエ。外では君を傷つけるものばかりだろう? 僕の家においでよ。そこならばずっと君を守ってあげられる」

 僕はナマエに考える暇も与えずに

「嫌……かい?」

 と尋ねた。精一杯不安げな声をだして。お互いの顔が見えなくて本当によかったと思う。
 いまのボクの表情はナマエには見せられないかな。
だって恥ずかしいじゃないか。こんな××××××顔なんて見られたくないな。
 そこまで考えたところでナマエが答えを出してくれた。僕が心から望んだ答えを。

「ううん……全然嫌じゃないよ。むしろそうしてほしい」
「本当? よかった」

 抱きしめていた体を解放し、正面からナマエと向き合った。
 すると彼女はこういった。

「だってもう――

 わたしにはあなたしかいないから」

 その言葉を聞いて、僕はもう一度彼女を抱きしめた。


* * *


 彼女は知らない。
 僕がどれほどナマエの事を思っているのかを。
 彼女は知らない。
 僕たちが小さかった時にこの千里眼と呼ばれる目のことや、幽霊と話せるといったことでいじめられていて、それを「そんなことでマツバをいじめないで!」と庇ってくれたことが本当にうれしかったことを。
 彼女は知らない。
 そこから僕の世界が変わったことを。
 彼女は知らない。
 僕の世界にはもうナマエしかいないことを。
 彼女は知らない。
 僕の世界には君しかいないのに、ナマエの世界にはほかの人がたくさん居たことが僕にとってとても苦痛だったことを。
 彼女は知らない。
 そこから僕の計画が始まったことを。
彼女は知らない。
僕の心に渦巻く歪んだ独占欲の存在を。
彼女は知らない。
ナマエがいじめられる原因がすべて僕にあるのだと言うことを。
彼女は知らない。
友達に悪夢を見せていたのはほんとうは僕なのだと言うことを。

 僕はナマエを独占したくてしたくて、幼く小さな頭で精一杯考えた。どうしたらナマエを僕だけのものにできるのだろう。
 彼女をどこかにとじこめてしまう?
 だめだ。それではナマエは僕のことを嫌いになってしまう。
 彼女を鎖でつないでしまう? 
 だめだ。それはとじこめるのと変わらない。

 いっそのこと彼女を殺してしまう? 
 一番ダメだ。そしたらもうナマエに会うことはもうできない。そんなの嫌だ。
 考えて考えて考えて―――
 そして思いついたんだ。

 そうだ。
 ナマエが世界を拒絶するようにしてしまえばいいんだ。
 ナマエが僕だけしか世界にいないと認識すればいいんだ。

 そう思った僕はまず、ナマエと遊んだ子供たちの家に夜中になったら侵入した。
 そしてゴースに「おねがい」と小さな声でこの子に悪夢を見せるように頼んだ。
 悪夢をみてうなされているのを確認すると、別の子どもの家に侵入する。そうして毎日毎日みんなに悪夢を見せ続けた。ナマエと遊んでいない子やナマエが遊びに来ない日は何もしない。
彼らが《ナマエと遊んだ日に悪夢を見る》ということをわからせるためだ。
 ナマエと遊んだ子たちは沢山いたから結構たいへんだった。でもナマエがぼくだけのものになってくれることを考えたら、そんなに苦じゃなかった。
しばらく悪夢を見せ続けたら、当たり前だけどみんな眠れなくて体調を崩した。
 そして僕は一番具合の悪そうな子の家にお見舞いにいった。もちろん善意からではない。(当たり前だ、だって僕が体調を崩した原因なのに)

「ぐあいわるいってきいたけど……大丈夫?」
「あんまりよくないや……さいきん怖い夢ばっかりみるんだ」
「そうなの? いつぐらいから?」
「1週間くらいまえから……」
「毎日?」
「ううん。木曜日にはみてないよ」
「うーん……木曜日には怖い夢をみない理由があったのかなあ」

ああ、我ながらなんてわざとらしいのだろうか。だが、目の前の子は僕の演技にも気づかずに「なにかあったっけ……」と頭を抱えている。本当に馬鹿は扱いやすい。

「……たしか木曜日ってナマエちゃんが公園に遊びにこなかった日だよね」

またわざとらしく僕は言う。だが彼は「そういえば……!」とはっとしたように言った。

ここまで、うまくいくとはね。

込み上げてきそうになる笑いを押し殺して僕は彼との会話を再開させた。

「もしかしたら怖い夢をみるのはナマエちゃんのせいなのかもね。
あはは、そんなことないか。それじゃあ僕はもう帰るね。早くよくなってまた"みんな"であそぼう?」

ばいばい。僕はそういって彼の部屋を後にした。部屋を出るときにちらりとみえた彼の青くなった顔を思い浮かべて、僕は口元を歪めた。
 疑心の種はまいた。あとは芽が大きくなるのを待つだけだ。
本当に彼が遊びに来てくれることを楽しみだ。早く早く治らないかな。
それからまたしばらくしてみんなで遊んでいると、あの子がナマエに向けてこう言った。

―――おまえと遊ぶと悪夢を見るんだ。

きょとんとした表情のナマエに、その子に賛同する他の子供たち。
そして僕は誰が言ったかわからないくらいの、でもはっきり聞き取れるくらいの声で

「こいつは災いを招くんだ」

そういった。
そこからはナマエには思いだしたくもない苦く辛い日々だったろう。僕の一言によって彼女は迫害され、身に覚えの無いことでいじめられるはめになった。
そして1人で泣いているナマエに僕はいっつもこう言った。

「大丈夫。ナマエには僕がついてるから。けして1人にはさせないから」

そう声をかけるたびにナマエは眩しいくらいの笑顔とありがとうという感謝の言葉を僕にくれた。
ごめんねナマエ。
本当はきみを独りにさせたのは僕なんだ。
でも罪悪感なんてこれっぽっちもない。だって君を僕のものにするためだもの。
僕ならばきみを幸せにしてあげられる。
だから、早く世界を拒絶して?
まだ、ナマエの世界には僕以外の人がいる。もうすこし待たなくちゃ。
まだ、ナマエの世界には僕以外の人がいる。もうすこし待たなくちゃ。


* * *


僕たちは大人になって、ついに彼女には僕以外の人間はいなくなった。
長い年月は彼女の心を完全に歪めた。
ああ、本当に長かった。もういいだろう。ナマエには僕しかいなくなった。
そして僕は言った「一緒に住もう」と。
彼女は言った。「全然嫌じゃない」「むしろそうしてほしい」
やっと、君が僕だけのものになる日が来たんだね。
そして彼女の一言で僕は思わず嬉し泣きをしそうになった。

「あなたしかいないから」

再び僕はナマエを抱きしめた。

もう誰にも渡さない。
きみはずっと僕だけのもの。
そして僕はまた先程のように××××××顔をした。





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