短編小説 | ナノ
「疲れたんだよ、ぼくは」

 りゅうせいのたき最深部。自分のメタグロスの上に乗りながらどこか遠くを見るように彼は呟いた。その声には倦怠感が浮かんでいる。心底憔悴しているようだった。その姿は今にも事切れてしまいそうなほどに力無い。

「"ツワブキ"の名に纏わりつくしがらみも、チャンピオンとしてあがめられるのも、勝手に作り上げられるイメージも、誹謗も中傷も、ぼくが持っているもの全部にね」

 『デボン・コーポレーション』といえばホウエンに住んでいる者なら誰もが知っている大企業だ。その御曹司であり前ホウエンチャンピオン、ツワブキダイゴ。彼の持つ肩書き。
 その彼は、何の輝きもない瞳でただ宙を見る。

「子供の頃はね、何をしても"ツワブキの名に恥じぬよう"って言われてたんだ。りっぱにできるのは当たり前で、逆に出来ないのはおかしいってね。色んな事を言われらもんだ。周りの言葉は辛かった。次期社長候補として期待や羨望。嫉妬や妬み。その中で
子供ながら懸命にがんばった方だと思うよ。自分で言うのもあれだけど」

 そう言って乾いた笑みを漏らす。だが目はまったく笑っていない。大きくため息を吐いてどう、とメタグロスの背に寝転がった。

「それでね、ぼくは自分の力で何かをやったって証明したくってバトルに打ち込み始めたんだ。名前に頼らなくてもできるってね。その果てがチャンピオンだ。……でも、それでもダメだった。結局のところね、ぼくは何をしてもダメだったんだよ」

『やはりツワブキの息子さんはすごい』『家の力』『金持ちの道楽』『リーグの物を買収した』など、ゴシップ記事で目にした評価はこんなものだった。愚かにもそれを丸のみにしたトレーナーに襲われることも幾度かあったらしい。

「そう思われないようにそれからも頑張ったんだけどね。下から見たときはあんなに輝いて見えたのに、いざ登ってみるとこんなにつまらないものなんだね。押しつけられる"チャンピオンとしての理想"。……子供の時から何も変わっちゃいないんだ。昔は"ツワブキ"としてのぼく。その次は"チャンピオン"としてのぼく。どれもこれも、他人に押し付けられてできたものばかりだ」

 けして傲慢さを見せるわけでもなく、だだ心底悲しんでいるようだった。どこか自虐性すらも見える。
 先ほどのゴシップ記事を除けば、彼の世間一般での評価は非常に高かった。眉目秀麗、温厚篤実、品行方正、挙げればきりがない。彼は誰もが憧れる、立派なチャンピオンだった。

「人間は弱いから何か縋れるものを求めたがるんだよ。縋って凭れて、何かに依存したがる。皮肉にもそれを探していたはずのぼくがみんなのそれになっちゃったんだからなんだか滑稽だよね。……そういう人って縋った物が脆いかもだなんて考えもしないんだよ。自分が凭れてるんだから大丈夫だろうってね。その重みで崩れるかもしれないのにそれを考えない。自分の都合で理想を集めて、補強する。実際は何も変わってないのに。崩れたら崩れたで、凭れてた人は怒るんだよ。『大丈夫だと信じてたのに』ってね。勝手な話だ」

 淡々と彼は続ける。それは過去を思い出しているからか、どこか虚ろな雰囲気が漂う。その声は、何かを馬鹿にするようで、それでいて縋っているようだった。なんとも不思議な声色である。

「いつからかぼくは石にひかれたよ。鋼タイプのポケモンにも。彼らは強固で、打たれ強い。静かだし品がある。無駄なことはしゃべらずじっと待っているんだ。芯が通っていて、それでいていつも冷めきっている。彼らの持つ輝きは素晴らしいよ。……ぼくなんかとは違ってね」

 そういうと彼はわたしのほうへ向きなおる。ただの独白のようにしゃべられていたので、わたしの存在など忘れられているものだとばかり思っていたのに。彼の目は、しっかりとわたしの姿をとらえていた。

「わかってくれたかい? これが君の憧れていた人間の本音だよ。君の求める立派なダイゴさんなんてどこにもいない。今ではチャンピオンの座を降りた唯の引きこもりなんだよ。世間一般でぼくがなんて呼ばれているか知っているだろう? そんなに熱心なファンなんだったらさ。それによるとぼくはロリコンでニートでナルシストらしいし。それに卑屈で根暗で悲観主義、とでも付け加えたほうがいいんじゃないかな」
「でも、ダイゴさん。わたしは」
「ここまで聞いてまだぼくにチャンピオンに戻れ、とでもいうの。ナマエ、といったかな。ぼくは君みたいに自分の理想を押し付けてくる人間が一番嫌いだってわかってくれたかな。どうせ君もよくいる持ち上げるだけ持ち上げて、価値がなくなれば見向きもしない人間だろ。たかって食い荒らして、飽きたら捨てるんだ」

 わたしを睨みつけるその目には、はっきりとした憎悪が宿っていた。かつての経験も手伝ってか、その迫力は凄まじかった。わたしは、思わず後ずさりする。そんなことない、わたしはあなたを見ています。見捨てたりなんか絶対にしません。そう言いたいはずなのに、その言葉はわたしの口から出てこない。彼の目に、わたしは萎縮していた。彼は続ける。

「同情した? それとも嫌悪したかな。どちらにしてもぼくに対して落胆したでしょう。希望通りのヒーローじゃなくて。今この地方のヒーローはぼくじゃない。チャンピオンはミクリだし、なによりも悪の組織を倒して、神々を従え、世界を救った人間がいるじゃないか。そうまでしてどうしてぼくにこだわるの。君が縋る相手はもう変っているはずだ。ぼくはもう何の変哲もないトレーナーだよ。それがわかったら早く出ていってくれないか」

 冷たく突き放すような言葉に、わたしは唇を噛んだ。
 誰よりも自分を見てほしくて、でもそれはかなわなくて。評価されることが何よりも怖いのに気になって。他人に食いつぶされてしまいそうな目の前の彼が、どうしようもなく孤独に見えた。
 わたしはどこかさびしげでつらそうで空っぽに笑うあなたを見たときから、あなたに魅かれていたんです。あなたの言うとおりわたしはあなたに縋ってきました。今回の件であなたに失望しなかったといえば嘘になる。でも、あなたを助けたいんです。

「もう、放っておいてくれないか」

 その声が誰よりも助けを求めているように思えてしまうのはわたしの気のせいではないのでしょう?
 




 (20120109)
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