短編小説 | ナノ
 わたしがさらわれてからどのくらい時間がたったのだろうか。気分的にはもう何日も経過したような気がするのだが、牢屋には時計のような時間を知ることができるものがないので正確な日数はわからない。何日も経過しているのかもしれないし、逆に数時間しかたっていないのかもしれない。はぁ、と小さくため息をつく。下を向いたら、また涙が出た。ぼろぼろと流れてくる涙に、止まる様子はなかった。
 怖い。助けて。なにされるの。殺される? 嫌だ。嫌だ。死にたくない。気持ち悪い。こんな風になるなんて思ったことなかった。わたしがなにか悪いことしたの? 恨まれてるの?
 そんな言葉が頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返した。気が狂いそうなほどに今の状況は恐ろしかった。わたしの啜り泣きが牢屋に反響する。なにをされるのだろうという恐怖と不安を抱き続け、ついに気力が底をつきかけたときだ。

 カツンと入り口の方から人の靴音が聞こえた。びくりと体を震わせ、音のした方を見る。

 そこには、青い髪の男の人がいた。

 男の人は、こっちを見ながら少しだけ微笑んでいる。彼がなにかをする様子はないのだが、それでも今のわたしには十分な驚異だった。目の前に知らない人がいるだけで怖くてたまらない。体が硬直して声が出ない。わたしはただ、彼と視線をあわせて震えていただけだった。すると不意に彼がわたしに声をかけた。

「そんなに怯えないでください。お前に危害を与えるつもりはありません」

 優しい声色だった。そしてとても優しい目でわたしを見つめている。それに少しだけ安心した。
 あなたは誰? ここから出してくれるの? 助けてくれるの? そんな質問が頭に浮かんだのだが、乾ききった口からはひゅうと乾いた音が出ただけだった。

「かわいそうに。怖かったでしょう。大丈夫ですよ、無理に喋らなくても」

 その言葉をきいて思わずぼろりと涙がこぼれた。しゃくりあげるわたしはきっと酷い顔をしているのだろう、男の人は泣きじゃくるわたしをみて少しだけ目を細めた。

「ああ、そういえばまだ名を名乗っていませんでしたね。わたしはアポロといいます」
「アポ……さ……」

 しゃくりあげているためまともに発音できなかった。アポロさんはカツンと足音をならしながら格子状のドアに近づく。

「ここからだしてあげますよ、ナマエ」
「!」

 やっぱり、この人はわたしのことを助けに来てくれたんだ。ここから出られるんだ。よかった、本当によかった。よたよたとドア近づき、格子の隙間から手を伸ばした。はやく、はやくだして。開けてくれるのを今か今かと待ちわびていると、アポロさんは「ああ、」と気の抜けた声をあげた。

「出してあげるのには1つ、条件があるのですが」
「条件……?」

 なんでもいい、はやく開けて。この薄暗い牢屋から出れるならなんでもするから。そう口が紡ぐ前に、アポロさんが言葉を放つ。

「ナマエ、ロケット団に入りなさい」
「…………え?」

 一瞬、何をいっているのかわからなかった。全身が地面に叩きつけられたような錯覚がわたしを襲う。彼は先ほどのように目を細めると、にこりと綺麗に笑った。彼の言ったことが理解できないまま、ゆっくりと視線を彼の顔から背ける。視線を泳がせていると、胸元にある文字に目がいった。そこには彼が何なのかを示す「R」の文字が印刷されていた。
 その文字を見て、思い出すものがあった。わたしをさらった、人物の服にも、あの文字が――全身から冷や汗が滲んだ。だとするとわたしの目の前にいるのは。

「あなたが、わたし、を、ここに」
「いえ、わたしが部下に頼んでナマエをここへ連れてきました。まあわたしがやったと思ってくださって結構です」

 で、それがどうした。とでも続きそうな様子でそう言った。目は細められたままで鈍い光を放っている。先程消えたはずの恐怖が蘇ってくる。そうだ、冷静に考えると初めから理解できないことがある。
 彼はなぜ名乗ってもいないわたしの名を知っている?
 呂律がうまく回らない。かちかちと歯が音を鳴らす。この人は、なんなんだ?

「それで、どうします? またこの牢屋で長い時間を過ごすのか、それともロケット団に入ってここから出るのか」
「や……両方、いや……」

 わたしが首を横に振ると、彼は眉間に小さくしわを刻む。

「それは困りましたね。両方断られてしまうとどうしようもありません。またしばらくしたらここをきますので、その時にまた意見を聞かせてくださいね」

 そう言って彼はあっさりと身を引いた。彼に出してくれともっと食いついていくべきなのか、それとも恐怖の対象がいなくなったのを安堵するべきなのか。両者が交ざったような感覚がわたしを支配した。

「ナマエ。わたしは先ほど危害を加える気はないと言いました」

 去り際に彼がわたしの名を呼ぶ。彼の声色は悪の組織にいる者とは思えないほどに優しい。でも確実に、彼の言葉は毒のようにわたしの体と心を蝕んでた。

「ですが、あまりにナマエが強情だとお前以外の人間に危害を加えるかもしれませんね。わたしとしてはなるべく穏便にいきたいのですが。やむを得ず、そうしてしまうこともあります」

 絶句するわたしを尻目に、彼は本を読み上げているかのように淡々と続ける。

「ロケット団にはわたし以外の団員もいます。男性の団員ばかりですが。彼らが監禁されている女性がいると知ったら何をしに来るでしょうね。われわれは本来社会から弾かれた者ばかりなので、一般社会のお前にはわからないかもしれませんが」

 くすくすと上品に笑ったが、目は全く笑っていない。「それに」と彼は続ける。

「わたしはロケット団に入りなさい、と言いました。お前に同意を求めているのであって、意見を求めているのではないということをお忘れなく」
「……どうして、こんなこと、するの。わたしを、どうする気なの」

 震える声を絞りだし、彼に訊ねた。すると彼は、一瞬きょとんとした表情を浮かべる。そしてはにかんだような笑みを見せ、こう言った。

「手に入れたいものがあったら、どんな手段を使ってでも手に入れたい。ただそれだけですよ。ナマエ」

 最後に「愛しています」と言った彼の言葉は、わたしの耳には違う言葉に聞こえた。




逃がさない
遥輝さま相互記念
 (20110611)
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