短編小説 | ナノ
面白くない。実に面白くない。全くもって不愉快だ。

「まだ次の仕事があるんですよ。早く作業に戻りなさい」
「……へーい」

 むすくれているわたしを無視するように彼の手には新たな書類、要するに次の仕事が優々と存在していた。
 気だるげな返事をしてランスさんの手からぶっきらぼうに書類を奪い取る。その行動が気にくわなかったのだろう、ランスさんが顔をしかめた。

「なんなんですかその態度。そんなむすくれた顔をしないでくださいよ。その仕事が……」

 しかめっ面をしたままの彼が何か言っていたが、そのまま後ろを振り向くことなく仕事場を後にした。


* * *


「なにを考えているんだあの男は……。まさか忘れているとか、いやいやそんな馬鹿な」

 ぶつぶつと呟きながら足早に廊下を歩く。その途中ですれ違うしたっぱたちに奇異な目で見られていたがそんなことは気にしてられなかった。
 だってねぇ、期待が外れたときってなんだかむしゃくしゃしないか。そして記念日を忘れられたりなんかしようものならなおさらさぁ。と、そこいらにいるしたっぱくんに聞いてみたいものである。目があった誰かに言おうと思ったが誰も目を会わせてはくれなかった。残念。
 そう。今日は何を隠そうわたしナマエの記念すべき誕生日なのである。誕生日記念日、だが悲しきことにいつもと変わらず仕事してる。解せぬ。
 少々意地汚い気もするが正直なところ今日はランスさんから何か行動があるかと期待していた。だがランスさんは私の誕生日のことなどまったく気にも留めてないかのような行動をとり続けている。今日だって普通に仕事渡されるし……
 
「本当に忘れていたら……いやありうるな、あの男ならやりかねん! そんなむすくれた顔をしないでくださいよ、だと! うっがあああ!」

 思わず壁を殴りつけて叫んでしまった。めきり、と音がする。壁の音ではない。わたしの拳の悲鳴である。あっなにこれめちゃくちゃ痛い。
 周囲にものすごく冷たい空気が張り詰めたのはきっと気のせいだろう。

「そりゃあ誕生日忘れられたくらいで泣きわめくような性格でもないけど、さすがに本気で忘れられてたら……えっわたしってその程度? はっはあああ」

 そのまま手と膝をつきその場にしゃがみ込む。その拍子に手に持っていた書類を廊下にぶちまけてしまった。なぜか先ほどまで私の周りにいたしたっぱたちはどこかへ行ってしまったようで、人っ子一人いない。

「あああもぉ……」

 いらだちを隠さずにすぐさま書類を集める。それにしてもずいぶん盛大にぶちまけたものだ。かなりと遠くまで散らばってしまった。

「ああ何してんだろうわたし……馬鹿らしい、うわぁなんだか泣きそう」

 集めてしたをむいているうちになんだかすごく空しい気持ちなり、思わず視界がにじむ。こんなところで泣いてどうする。そしてなんで今泣いてるんだ。

「なにこんなところで百面相してるんですか」

 必死に涙をこらえていたら正面に白いブーツの足が見えた。顔を上げるとあきれ顔のランスさんと目が合う。

「何でこんなとこにら、らんすさ………んが」

 そのとたん目からぼろりと大粒の涙がこぼれた。
 ああもう。必死に我慢してたのに。ランスさんの顔を見た瞬間に涙腺が決壊してしまった。ぎょっとしたようすのランスさんと目があった。
 すぐに目を覆い涙を隠した。こんなとこ見られたくなかったのに。
 ごしごしと目を擦っていると上から軽いため息が耳に入ってくる。

「仕方がないですね……拾うの手伝ってやりますよ」
「ありが、とうございます」

 必死に隠したつもりでも微妙にしゃくりあげてしまった。不本意である。
 そのまま何も話さずにしばらくは二人で黙々と散らばる書類を拾っていたのだが、ランスさんが沈黙を破った。

「あまり人の目につくところでおかしな行動は控えてくださいよ。したっぱたちが不審がって怯えていましたよ」
「……それはすみませんで」
 
 しゃくりあげはしなかったものの酷くぶっきらぼうな返答になってしまった。その返事を聞いたからなのか前方から再びため息が聞こえる。この人は1日に何回のため息をしているのか、ちょっと気になった。

「で、ナマエ。なぜ泣いていたんです」

 思わず全身が凍る。触れてこないでくれ、と願い続けたわたしの想いは儚くも砕け散ってしまったようである。今日ほど彼に空気を読んでほしいと思ったことはなかったかもしれない。
 と、とりあえず何かを言わなきゃならない。
 書類をぶちまげたのがものすごく悲しかったんですー、……いやだめだいつものことだし。納得はしてもらえないだろう。
 昨日見た映画を思い出して泣いちゃいましたー、いやいやいや昨日はランスさんとお笑い見てたよ。ある意味泣いてたけど。笑い泣きで。
 正直に誕生日忘れられてたのが悲しかったという……一番駄目だ。なんと言い表せばいいのかわからないが、すごく嫌だ。
 結局何と答えればいいのかわからず押し黙ってしまった。またその場に空白が流れる。わたしはその重苦しい空気に耐えきれず再び止まった手をせかせかと動かすことにした。

「……ナマエ」
 
 ランスさんがわたしの名前を呼ぶ。でも手を止たりなんてしないし、あっちを向いたりもしない。
 わたし書類を拾うのに忙しいんで。聞こえてません、聞いてません。
 落ちていた書類をまとめ終わり、一度床においた。あっしまったこのあとどうしよう。一瞬だけ動きを止めて考えた。
 だがわたしのそんな考えは、あまり意味をなさなかったようである。突発的な彼の行動のせいで。

「ナマエ」

 無視してたのに腹を立てたのか知らないがランスさんが強く私の肩を引き寄せる。
 あまりに唐突だったので思わずバランスを崩し彼の胸に飛び込む羽目になった。

「な、ななななぁ! ランスさん、は、離してくださ」
「ナマエ、聞きなさい」

 ランスさんはわたしの奇声にも抵抗にも動じず、なかば強引に話を進める。ぎゅう、とわたしを抱きしめる力が強くなった。

「わたしが先ほど言いかけた言葉の続き、わかってます?」
「え……?」
「やはりわかっていませんでしたか」

 ふう、と小さなため息が聞こえた。あ、またため息ついた。
 そんな場違いなことを考えてから、ランスさんがなにを言いかけていたのかを思い出そうと頭を回転させる。
 ―――この仕事が終わったら

「この仕事が終わったら…?」
「ええ。どこかに二人で行きませんか、と言おうと思っていたんです」
「え」
「だって今日は、あなたの誕生日じゃないですか」

 覚えてて、くれたの?
 その言葉はわたしの口からは出てこなかった。なんでかって全身が固まるくらい驚いたから。

「下手に仕事を残して行くよりは早く終わらせてしまったほうがいいでしょう? そう思っていたというのにあなたはなにを勘違いしたのかいじけていますし」
「い、いじけてなんか!」

 そう叫ぶと鼻でランスさんは小さく笑った。そしてぐっ、とわたしの耳元に口を近づけてきて。

 ――わたしに忘れられてると思って拗ねて泣いていたのでしょう? 
 ――まったく、ここまで行くといっそかわいらしいですね
 ――忘れるはずなど、ないというのに

 と、ささやいてきたのだ。
 ざわっ、と全産毛が逆立つ。彼の低いテノールに全身を貫かれたかのようだった。
 思わずありったけの力でランスさんを突き飛ばす。
 おや、とランスさんが少しよろめきながら小さくつぶやくいた。

「顔、真っ赤ですよ」
「!」

 とっさにバッと顔を隠した。あまり意味は無いようだが。

「さて、誤解も解けたところですし戻りましょうか」
「え? あ、ああ仕事終わってませんでしたね」

 顔をぱたぱたと仰ぎ、わたしは書類をまとめあげ、立ち上がった。颯爽と立ち上がったランスさんに続く。

「ああそういえばまだ言ってないことがありましたね」

 歩いていたランスさんが振り向く。
 そしてものすごく意地の悪い顔をするとわたしとの幅を詰めてきた。そしてまた顔を近づけてくると。

「……!」

 小さくリップ音が廊下に響いた。

「お誕生日、おめでとうございます」

 にやりとシニカルに言う彼を見て、わたしはまた顔を真っ赤にしたのであった。
 




紅架様相互記念、ランス甘/誕生日ネタ
 (20101205) 
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